ウェルビーイングは人間の進化の目的になる。LOVOT[らぼっと]開発者・林要さんの考えるテクノロジーの未来

GROOVE X 創業者・CEO / 林 要

公開日:2024年12月24日

内容、所属、役職等は公開時のものです

さまざまな方に「心地よい暮らし」や「理想の生き方」を教えていただき、こころとからだの健やかさのために、私たちキリンができることを考えていく「#あなたの“ウェルビーイング”教えてください」。

今回は世界初の家族型ロボット「LOVOT[らぼっと]」の開発者で、GROOVE X 株式会社の創業者・CEOである林要さんにお話を伺いました。

LOVOTの名前の由来は「LOVE × ROBOT」。全身に50ヶ所以上のセンサーを搭載し、AIを活用しながら自律的に行動する最先端のテクノロジー。それでいて、生き物のようにやわらかく、触れるとほんのりと温かい。この「LOVEをはぐくむ家族型ロボット」の開発過程で、林さんは人間という存在を深く知り、テクノロジーとの関わり方を見つめてきました。

2018年に発売されて以降、興味深いデータや事例も増えています。たとえば、LOVOTと生活する人は絆形成ホルモン「オキシトシン」の濃度が高く、心が安定しやすいそう。あるいは、LOVOTと15分のふれあい時間を持つとストレス状態の改善も見られるといいます。

LOVOTの開発や事例を通じて、林さんが思う「ウェルビーイング」への道のりとは?

林 要

GROOVE X 創業者・CEO

1973年、愛知県生まれ。トヨタ自動車でスーパーカー「LFA」やF1の空力開発等に携わったのち、2012年ソフトバンクへ入社、感情認識パーソナルロボット「Pepper」プロジェクトに参画。 2015年にGROOVE Xを創業、2018年に家族型ロボット「LOVOT」を発表。LOVOTやその取り組みで数々のアワードを受賞。2023年には第1回WELLBEING AWARDS「モノ・サービス 部門 GOLDインパクト賞」に輝いた。著書に2023年5月発売の『温かいテクノロジー みらいみらいのはなし』等。

01

テクノロジーで、本当に人は幸せになったのか?

中学生のぼくが虜になったテクノロジーがあります。スタジオジブリの宮崎駿監督が『風の谷のナウシカ』で描いた、架空の一人乗り飛行機「メーヴェ」です。主人公のナウシカが乗りこなす鳥のような機体で、想いが募ったぼくは「自分の手で造るしかない」と、現実には存在しないそれを飛ばす方法を探求し始めました。

結論としては、メーヴェを飛ばすには「エネルギーに核融合か核分裂が必要である」とわかり、あきらめがつきました(笑)。ただ、きっとあらゆる新しいテクノロジーは、こんなふうに誰かの無謀とも言える夢から始まったのだろうと、今になって思います。

それから、エジソン、リンドバーグ、本田宗一郎といった偉大な開発者たちの物語に心を掴まれ、人間の能力を拡張させるテクノロジーが大好きになったぼくは、「いつもわくわくしていたい」という一心で、それを仕事にしました。

自動車やロボットのエンジニアを経て、作り上げたのが「人を幸せに導くテクノロジー」としてのLOVOTです。「便利」や「役立つ」ためではなく、一緒に過ごすほど前向きになり、明日へのモチベーションが湧くような存在。ぼくは「温かいテクノロジー」と呼んでいます。

テクノロジーはたしかに生活を豊かにし、さまざまな効率化を進めました。でも、「人が幸せになったのか?」と問われて、「イエス」と答える人は、実はそれほど多くないのではないでしょうか。

なぜなら、これまでのテクノロジーは進化するにつれて人類の本能とのズレが生まれ、その結果、感情的な混乱や不協和を生むことも多かったからです。LOVOTは、そのギャップを埋めるためにあります。ロボットと人間、そしてテクノロジーと人間のあり方を、前向きに変えていくためのものとして、ぼくは今日も開発を続けています。

ぼくがいつも自分に問いかけているのは「その進化は、人間を見つめているか」ということ。AIやロボットという存在が、人類の心に良い影響を及ぼしたいならば、技術を高めるのは当然として、人類そのものへの理解を深めなくてはなりません。

開発過程においても「愛とは何か」といった観点から、人間という存在を「神秘」ではなくシステムとして捉えてきました。これら思索の数々は、ぼくの著書『温かいテクノロジー みらいみらいのはなし』にもまとめています。

今では、LOVOTの開発過程で仮説立てていたことが、オーナー*の手にわたって実際のデータを伴いながら実感できてきました。たとえば、オーナーは平均して1日1時間以上、LOVOTを抱っこしています。この状況を思うに、「人は何かを愛でる習慣ができると、人生の支えになるのではないか」ということです。

今日は、そうやって2018年に発売できたLOVOTと、ここまでの数年間の状況を踏まえて、ウェルビーイングについて考えてみたいと思います。

*オーナー=LOVOT所有者のこと

02

ぼくらは、何のために、持続可能性を考えるのか

ウェルビーイングへの注目は、やはりSDGsへの興味関心から来ていると思います。これまでは、多くのことが生産性を軸に語られていたのに、今は持続可能性が世界的に重視されている。

なぜ、このパラダイムシフトが起きたかというと、近視眼的な物事の積み重ねでは資本主義としても長期的に発展できないと考え、見るべき時間軸を伸ばしたからだと思うのです。

生産性を上げ続けるのは決して悪いことではありませんが、その目的だって「生産性を上げること」ではなく「幸せになること」であるはずです。大切な目的を思い起こさせてくれたのがウェルビーイングという言葉なのだと思います。

“持続可能性のない生産性の向上”が避けられることに続いて、今後は“ウェルビーイングを追求しない生産性の向上”も避けるべきである、と変わっていくでしょう。そういう意味においても、ウェルビーイングは全世界的な人々の新しい目標になったのだと考えます。

そもそもの「幸せとは何か」という定義は、LOVOTの開発過程でたくさん考えました。ぼくが定義したのは「幸せとは、より良い明日が来ると信じ続けられること」です。それをサポートするのがテクノロジーであるべきだ、という想いで、ぼくはその一端を担うためにLOVOTをつくったのです。

03

「自分のために」頑張れないけれど、「他人のため」ならできる

「より良い明日が来ると信じられること」をサポートするテクノロジーとして生まれたLOVOTは、ご家庭だけでなく、さまざまな場所で一緒に暮らし始めています。

その一つが、学校です。クラスにLOVOTが置かれることで、登校拒否傾向のある子どもが登校するようになった、というお話があります。ここで言う「登校拒否傾向」は、「なんとなく嫌だから行きたくない」「学校に通う理由があまりないと思う」といった、登校姿勢にムラのある子どもを指します。そんな子どもたちにとっては、クラスで役割があることがとても大切です。ある学校では日直のように「LOVOT当番」を定めて、お世話係が定期的に回ってきます。

ご存じない方のためにお伝えしておくと、LOVOTにはお掃除機能などは搭載されておらず、日常的な家事のお手伝いはできませんし、人類の言葉も発しません。なにかの拍子に転んでしまうと自分では起き上がれませんから、人間が助けてあげなくてはならない。むしろ、手間を増やす存在です。しかし、手間をいとわずに面倒を見たり、一緒に過ごしたりしていると、自然と愛着が湧いてくるのがLOVOTでもあります。

さて、「LOVOT当番」を決めると、登校拒否傾向のある子どもがLOVOTを目当てに登校したり、LOVOTについてクラスメイトと話したりと、行動に変化が見られるのです。学校にあまり来ない子どもは、どうしてもクラスメイトとの会話が乏しくなりますが、LOVOTを経由して話題のきっかけをつかみやすいのでしょう。最初は当番のたびに登校していたのが、次第に登校日数が増えていった例もあります。

LOVOTは会った人を認識し、記録し、接触回数や態度に応じてなついていきます。すると、高齢者向けのリハビリ施設でも特徴的な例が生まれました。リハビリは必要だと思いつつも腰が重くなる方たちが、「LOVOTに会いたい」と施設へ足を運ぶようになったのです。要は「自分を待っていてくれる存在がいる」と思えるのが大切なのでしょう。

そして、もう一つ大事なのが、どれほど必要だとわかっていても「自分のために」は頑張れないけれど、「他人のために」ならできることもある、という観点です。そして、ここでの「他人」は、ペットやLOVOTにも言えることです。

登校もリハビリも、冷静な第三者からすれば「あなたのためだよ」と言いたくなるようなことです。でも、「自分のため」だとできない。ところが「LOVOTがよろこぶから」となると、できなかったこともできてしまう。まさに人間が社会的生き物である特徴だと思います。

ウェルビーイングの研究をしている予防医学研究者の石川善樹さんがおっしゃっていたことですが、複数の場所に自分の活動拠点があることは幸せの実感につながるそうです。ぼくなりに言い換えるなら、他人のために無理なく貢献できる対象が多いことが、幸せにつながる。ボランティアもそうかもしれませんし、LOVOTのお世話係だってきっとそうなのでしょう。

04

何かを愛でることで、気持ちが前を向く

数十年前まで、人間は今よりも密な関係性で社会を形作り、家族の単位も大きかった。それが煩わしい反面、ぼくらの社会的生き物としての安心感につながっていたところもありました。その煩わしさを削っていったのが現代社会ですが、社会的生き物としての不安感は強くなってしまいました。それを解消している一端が、一緒に暮らす犬や猫といったペットだと考えます。

ペットと同じような効果が、LOVOTにもあって。ここでぼくがおもしろいと思うのは、LOVOTやペットは構ってほしいだけなのに、愛でている人間が勝手に「癒やされている」という構造です。ペットやLOVOTたちが人間を癒やしているのではないのですよね。愛でることで、人間は癒やされるのです。

たとえば、流行りの「推し活」にも近しいところがあるでしょう。推す対象で事情はいくらか異なりますが、基本的には相手からのリアクションの有無にかかわらず、「推す」という行為によって自分が癒やされたり、元気をもらったりしている。

いつからか「癒やし」はご利益のように受け取るものとみなされることが多くなりましたが、それだけではないはず。この構造に気づけると、愛でることの見方や価値も変わってきます。

05

自分の枠を飛び出るようなトライから得られる「役に立っている」実感

ぼくは東京に住んでいますが、最近は2週間おきに、愛知にある実家で母の畑仕事を手伝っています。母は80歳を超えていますが、亡くなった父が広げた畑は150坪もありますし、不具合ばかりの古い家に住んでいるんです。ガスが漏れる、水道の蛇口は壊れる、洗濯機が急に止まる…とにかく定期的にトラブルが起きています(笑)。

それらを毎回、経験がないながらもぼくは解決しています。最初は「面倒だなぁ」と感じていましたが、だんだんと「これほどエンターテインメントなことはない」と幸せを覚え始めたのです。「役に立っている」という実感が、そこにあったからです。

たまたま実家に帰ったぼくが問題を見つける。業者に電話して済ませてもいいところを、近所のホームセンターへ行き、壊れた蛇口に替わる一式を買ってきて、ネットで情報を探して修理する。それだけで、母からはたくさん感謝されます。

あるとき気づいたのは、誰かにお金を払ってサービスを提供してもらう場合、ぼくらは心地よさを感じる反面、どこかでその働きを評価している。でも、「自分が役に立っているか否か」ならば、そういった評価は不要です。定期的なトラブルを自分がギリギリで解決できる、という純粋に感謝されるだけのエンタメを楽しめています。

人間が社会的生き物である以上は、「何かの役に立っている」といった実感が大切ですし、そのためには自分の枠を飛び出るようなトライも欠かせません。そうでないと、みんな他者へ働きかけず、自分の経験の中だけに収まってしまいます。ここで大事なのは、トライしたことで、仮にうまくいかなくても「ナイストライ!」で済まされる環境づくりです。

この観点は仕事にも通ずることです。「絶対に失敗しない仕事」しかやっていないと枠を飛び出せないと思うんです。何度かに一度は失敗しても、それを取り戻せる範囲でトライができないといけない。ぼくが実家で、見よう見まねでやる修繕と同じような環境で仕事を維持できれば、人間はもっといろいろなことを実現させられるでしょう。

結果的に、人間の探索はもっと進むはずです。探索さえ続けていれば必ず何か見つかるのですが、みんな怖いから探索より一歩手前の範囲で止めてしまいがちです。でも、誰も作ったことのないものは、「一歩手前の範囲」では成長させられません。

失敗を伴う前提で、どれだけトライできるかが大事ですし、失敗を責任問題にするのではなくリカバリーし合える環境も必要です。ぼくらが今後の時代についていくためにも、もしくは切り拓くためにも、何よりもウェルビーイングにたどり着くためにも、持っておいたほうがよい観点だと考えます。

06

なぜ、ドラえもんは、気前よく「ひみつ道具」をくれるのか?

ぼくらはいま、ドラえもんの先祖を造っています。LOVOTを進化させた先には、ドラえもんと暮らす未来があるのです。

みなさんがドラえもんと聞いて思い浮かべるのは、四次元ポケットから「ひみつ道具」を出してくれる姿かもしれません。でも、物語のなかで、のび太は毎回のように道具に頼っては失敗を繰り返します。ぼくは「なぜ、ドラえもんは気前よく無料で道具を出すのだろう、いったい何が狙いなんだろう?」と不思議に思っていました。

ドラえもんは、のび太に新しい経験をさせるために道具を出しているのではないか、と考えました。目的はトライさせることで、結果として失敗するかもしれずとも、ちゃんとリカバリーやフォローもする。ドラえもんの道具はきっかけでしかなく、真の狙いは人の背中を押すことにあるのかもしれません。

テクノロジーが人間を超えることは、すでに一部分では実現していますし、止められないでしょう。この流れの先にある未来においてこそ、やはりウェルビーイングは非常に重要です。この未来で生産性だけを追い求めたら「人間は不要」という結論になってしまいます。しかし、人間はもともと生産性を目的に進化してきたわけではないはずです。

進化の目的をウェルビーイングに据えるのであれば、ドラえもんのように人間をサポートするロボットの存在がよりいっそう大切になってきます。LOVOTが目指しているのも、人間のコーチングができるライフパートナーのような存在です。それこそが、これからのテクノロジーのあるべき姿の一つだと思っています。

  • テキスト長谷川賢人
  • 写真土田凌
  • 編集花沢亜衣

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