散歩社代表・小野裕之さんが描く下北沢の理想の姿

散歩社 代表 / 小野裕之

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#あなたの“ウェルビーイング”教えてください

さまざまな方に“いい時間”を伺いながら、「心地よい暮らし」や「理想の生き方」を教えていただき、こころとからだの健やかさのために、私たちキリンができることを考えていく「#あなたの“ウェルビーイング”教えてください」。

今回、向かったのは、2020年に東京・下北沢の線路跡地に誕生したBONUS TRACK(以下、ボーナストラック)。路地裏のように小さな店が集まるこの場所には、飲食店や書店、雑貨店など個性豊かなジャンルの店が共存しています。思いがけない発見や出会いをくれるこの場所を運営するのは、まちづくり会社 「散歩社」。代表の小野裕之さんを訪ねました。街での暮らし、営みから生まれるいい時間とは?小野さんが想う“いい街、いい街づくり”を紐解きます。

小野裕之

散歩社 代表

1984年岡山県生まれ。ソーシャルデザインをテーマにしたウェブマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズの経営を6年務めた後、同法人のソーシャルデザインやまちづくりに関わる事業開発・再生のプロデュース機能をO&G合同会社として分社化、代表に就任。下北沢のまちづくり会社 散歩社 代表取締役。

01

路地裏が生み出すその街の文化。歩いて楽しい街・気持ちいい街に

昔から街を歩くのが好きなんです。僕が考える“歩いて楽しい街”というのは、地元で愛される長く続くお店が多くて、チェーン店と個人店がバランス良く並んでいて、お店の選択肢がたくさんあって、自由な雰囲気がある。20代から通っている下北沢はもちろん、今でも毎週のように足を運ぶ吉祥寺もまさにそんな街で、そこにいる人たちも、お出かけしに来る場所というより街を自宅のリビングのように“いいかんじ”に振る舞っている人が多い気がします。

ただ、今は歩いて楽しい街、歩いて気持ちいい街が少なくなって、“歩かせない街”が増えました。車道が中心にあり、人は地下を歩く設定になっている街も多い。そんないわゆるハードウェア中心の街よりも、人の息遣いやホーム感のある街をいい街だなと感じます。

この場所を作るとき、誰もが下北沢は路地裏がある街であってほしいと願っていると思ったんです。大きい道路で整えられた街は便利かもしれないけれど、文化が生まれづらい。小さな路地がその街ならではの文化を生み出すんですよね。

例えば、アメリカ・ポートランドという街は、出会いが多くなるように1区画を他の街の半分の広さにしているんです。物理的に交差点や路地が増え、人の出会いや会話が増えて、そこに自然と文化が生まれます。街は、あえて不便にすることで、ほかにない街になっていくということがあるんだと思います。

02

ひとりが描いただけでは形にならない。さまざまな関わりがつくり上げる街の輪郭

街って、よくも悪くもひとりが描いたことがそのまま形にはなるわけではないんですよね。建物はある程度は設計者の想像どおりに造れるかもしれないけれど、街はもっと“動的”で、常に動き続けていて。さまざまな人がさまざまな場面に関与したりして、少しずつ全体の方向性ができあがっていくもの。

下北沢は「サブカルの街だよね」「カレーの街だよね」と言われるのも、誰かひとりが作っているわけではなくて、ひとつのシーンを盛り上げようとする個々人が集まって、その営みが時間をかけて形になっていったもの。そんな暮らしの営みをここボーナストラックでも生み出せたらと思ったんです。

下北沢は昔から人気のある街だったけど、地価が急騰したのはここ6〜7年のこと。地価が上がると再開発が活発になって、古い建物を壊してきれいな建物に建て替えるようになり、必然的に賃料があがる。そうなると長く続いたバーやレコード屋や古着屋などの個人商店が続けられなくなって、この街から出ざるを得なくなり、チェーン店が増えていく。ボーナストラックをつくるとき、下北沢の過剰な地価の高まりみたいなものを抑制したいという狙いもありました。

もともと下北沢は、スタイリストさんがやる古着屋だとか、雑誌編集者のカレー屋さんだとか、チャレンジ精神溢れるお店が集まって活性化してきたような街。そういうことで「らしさ」を保ってきた街でもあるので、ここで人工的に家賃が安い場所を作り出して、挑戦したい人たちの受け皿になれたらと考えたんです。
とはいえ、誰でもいいというわけではなくて。ちゃんと僕たちがおもしろいと思うようなテナントさん――たとえばこれからの社会のあり方を体現しているお店や、世の中へのアンチテーゼを持った方々――に入っていただくという約束のもと、“おもしろいお店が集まる構造”を作って運営しています。

03

本気の遊びや余白から生まれるチャレンジ。ボーナストラックに込めた想い

ボーナストラックという名前は、CDやレコードのボーナストラックが由来。CDやレコードを通過していない世代には、「なに?」という感じかもしれないけれど、実験的な楽曲やライブ音源、他のアーティストが遊びに来たときに撮ったもの、1発撮りの音源などの曲をボーナスとして収録したものがボーナストラックで、本気の遊びだったり、余白だったり、そこにしかないおもしろさがあった。そんな、実験的でおもしろいみたいな意味を込めています。

「ボーナストラック」をいろいろな人が自分なりに解釈してくれて、楽しんでくれるようになり、今年で4年目になります。個人でも企業でも、本気の遊びや余白から生まれたチャレンジができる場所であってほしいなと思っています。

04

歴史や経緯なくして街の個性はつくれない。

下北沢ほど、文化的なコンテンツがこんなに集まっている街は珍しいし、歩いて楽しいというところも東京でも貴重な街。この場所をつくる時、そんな下北沢らしさは守りたいと思いました。開発当初は反対運動もありましたし、できてからも「ここは一体何?」という反応はありましたが、3年でじわじわと街にも馴染んできて、思い思いに過ごしてくれる人たちが増えたと思います。

街の開発に関わるということは、マイナス面に対してしっかり向き合うことでもあります。たとえば、負の遺産とされている物事があるとき、正直全部壊してしまいがちだけど、それだとおもしろくない。
マイナス面を解釈しなおすことで、プラスに変わることがあって、それはリスクを引き受けることでもあるわけですが。でも「こういう経緯で残ったんだ」「そんな歴史があったんだ」と納得して一気に仲間になってくれるということは結構あると思うんです。そこから新しい愛着が生まれ、自然と発信する人も増えて、それが街の個性に繋がることにもなるかもしれない。「なるほど、その手があったか」と思ってもらい自分ごとにしてもらうことが大事なんです。

リスク回避で、問題をなかったことにして歴史を積み上げていくことはできないし、歴史や背景なしにテクニックだけで個性をつくるというのはかなり難しいと思います。
かといって、歴史のある街=江戸みたいな安易な解釈も少し違うと思うんです。日本橋でもお店をやっていますが、日本橋の魅力は江戸だけじゃないはず。創業300年の老舗和紙屋の隣にエシカルなコーヒーショップが並んでいたりする。それってすごく日本橋ならではだと思うんです。

これからはもっと歴史的な背景を再解釈したり、その街に潜むポテンシャルを見つめ直したりするような街づくりが大事になっていくんじゃないかと思います。それこそが暮らしに密着した街づくりだと思うし、街が楽しくなる鍵なのかなと。

05

街やリアルでないと提供できない学び。気づきのある街とは

コロナ禍にオープンしたボーナストラック。暮らしにおいて街や場はどういう役割をもつのかを突きつけられた3年間でした。正直、ほとんどのことがオンラインでできるんじゃないかと思いましたよね(笑)。外食が減ることで健康的な日本人が増えて夫婦関係は改善し、家で時間を過ごすことやリモートワークが増えて通勤電車から解放されて。良いことばかりだなと思ったのですが、一方で、街やリアルじゃないと提供できないものとして、学びというものは大きいと感じました。オンライン中心になったことで、一人で学ぶことのつまらなさや幅の狭さを痛感している人も多いと思います。本来、学ぶことで得られていた、学びの周辺にある偶然の出会い、思いもよらない気付きというのは、オンラインでは得られないんですよね。

人と直接会って、同じものを見て思わぬ意見が飛び出したり、新しいものに出会ったり、知ったり。またオンラインでは違和感みたいなものもある程度回避できてしまうけど、自分はこういうことに居心地の悪さを感じるタイプなんだという気づきは、リアルだからこその学びのひとつ。

人が学んで成長していく過程の中で、オンラインが得意なことと、リアルでないとできないことがすごく明確になったなと思います。人の学びにおいては、やはりオンラインだけでは無理がある。だからこそ、ボーナストラックは、訪れる度に気づきのある場所にできたらと思っています。

06

リアリティを求める感覚を満たす場所に

歩いて楽しい街をつくりたいという想いで名付けた散歩社。4年目を迎えて、街を通して出会いや偶然性をつくっていきたいという意識がより明確になりました。買い物ひとつとっても、オンラインで効率的にやった方が早いのかもしれないけれど、「豊かさを感じる」「新しいものに出会う」というのは、やっぱりネットの世界では難しい。

狙ったものがぱっと買える便利さはないけれど、ふらりと覗いてみたお店で新しいものに出合ったり、店主と会話したり、お客さん同士が知り合いになって挨拶したり。そういうちょっとした日々の出会いやコミュニケーションって、すごく楽しいですよね。そんな機能が街にはある。

偶然性や出会い、豊かさ、不条理なことも含めてリアリティを求める感覚というのは、AIがどんどん発達してもなくならないだろうと思います。コロナ禍での店舗運営は本当に大変だったけれど、改めてリアルの価値を再認識できました。

駅からボーナストラックまでの道も、元は線路だったので最初は人もまばらでしたが、最近では大人も子どももそれぞれ自由に楽しんでいて、思い描いていた公園的な使い方がようやく定着してきたと思います。

街のおもしろさをどう引き出すかーー。
コンテンツはまだまだたくさんある。施設全体を雑誌みたいな風に捉えていて、テナントは雑誌の後ろにあって長くファンを抱えている連載で、広場で開催する毎週末のイベントは、その瞬間の時流を捉えた特集という感じ。それをどう編集してボリュームを出して、今後もおもしろい場所にし続けるか、その時代に必要とされる場所であり続けるかというのはとても大きなチャレンジです。
予想もしなかった出会いや新しいチャレンジが生まれる街にしていく仕掛けを考えることが僕にとって、一番わくわくすることですね。

  • 撮影土田凌
  • テキスト高野瞳
  • 編集花沢亜衣、株式会社RIDE

公開日:2023年06月30日

内容、所属、役職等は公開時のものです

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