現代人が忘れている、非言語的スキルの発露
まず、「EGAKU」について教えてください。企業向けにどのようなプログラムを提供されているのでしょうか?
長谷部「EGAKU」は、アートの実践によってこれからの時代に必要なさまざまな「非認知スキル」を身につけるためのリスキリングのプログラムです。具体的には、「鑑賞(絵を見る)」と「創作(絵を描く)」を繰り返しながら、アーティストと同じ感覚を味わってもらいます。
2002年に小学校向けからスタートしたのですが、現在はリーダーシップやコミュニケーションスキルを磨くビジネスパーソン向けにも展開しています。チームビルディングや、パーパス・ビジョンなど“目に見えないもの”を内発的動機と結びつけるための手法として導入が広がっています。
「絵を描く」という行為からそんなにもたくさんのことが学べるんですね。
谷澤もともとは子どもたちに「アート体験を通して創造性や感性を育んでほしい」という想いで生まれたプログラムでしたが、自分なりの表現をすることの大切さは大人も子どもも同じですから。そう考えていた時にエグゼクティブコーチからの依頼で、2004年より大人向けがスタートしました。
私のアーティストとしての原動力が、「なぜ人間は絵を描くのか」の探究にあるのですが、それを考えた時に、数万年前のアルタミラやラスコーといった洞窟壁画にヒントがあるように思うんです。これらは人間のアート的行為の出発点だと言われています。顔料に木の油や動物の脂のようなものを混ぜながら、指で描いたり、口から吹き出したり、手形をつけたり…フィジカルに絵を描いていた。そうだとすれば、「絵を描く」という行為を当時の方法に近い形で体験してもらえば、アートの役割や人への影響をより実感できるのではと考えました。
「EGAKU」では、パステルという画材を使って手でこすりながら描いていきます。そして洞窟壁画の時代と同じような感覚で描けるよう、さまざまな仕掛けがあります。
鑑賞ワークの後、お題に対して言葉と色をイメージしてから、色紙を1枚選んでパステルで絵を描き始める。
言語も未発達な時代の表現を再現し、伝えたい気持ちや感情を発露させる。私たちが忘れているような、あるいは全く呼び起こしていない部分に触れられそうですね。
谷澤もしアートの出発点に立ち返って創作できたら、どんなものが生まれてくるのか。それを見たくて作ったプログラムでもあるのです。実際にやってみると、子どもたちは固定観念からすぐに解放され自由な表現に没頭できるのですが、大人になるといろんな先入観や知識があるので少し時間がかかります。だけど、最初はなかなか手が動かない方も、探り探りで手を動かしていると徐々に自由に表現していくんですよね。
「子どもは天才だ、アーティストだ」なんて言われますが、プログラムを通じてみなさんの表現を見ていると、実は大人も子どもも、本質的には変わらないと感動します。
一方で、年齢や言語習得の段階によって、EGAKUから得られる気づきや深まりには違いがあるとも思います。だから厳密に言えば、大人はアートを通して子どもへ「戻る」というより、「今までとは違う場所へ行ける」感覚なのかもしれないですね。思考と感性の幅が広くなるというイメージでしょうか。