でも、絶対、みんな社会と無関係じゃないから。脚本家・野木亜紀子の考える仕事、社会、生活

野木亜紀子 / 脚本家

#エッセイ・コラム

#あなたの“ウェルビーイング”教えてください

さまざまな方に“いい時間”を伺いながら、「心地よい暮らし」や「理想の生き方」を教えていただき、こころとからだの健やかさのために、私たちキリンができることを考えていく「#あなたの“ウェルビーイング”教えてください」。

今回は『逃げるは恥だが役に立つ(海野つなみ原作)』、『アンナチュラル』、『MIU404』など社会現象を巻き起こしたドラマを手がけてきた脚本家の野木亜紀子さんに話を伺いました。

現代社会のなかで見過ごされがちな人々や問題に目を向けながら、人の営みの裏にある社会構造の問題に切り込んできた野木さん。

8月には、世界規模のショッピングサイトの物流倉庫を舞台に巻き起こる連続爆破事件を描いた映画『ラストマイル』が公開されます。本作で描かれた人々の欲望、そして仕事や社会を取り巻く問題。それらを入口にウェルビーイングについて考えを巡らせてもらいました。

映画『ラストマイル』公式サイト

野木亜紀子

脚本家

映画やドラマの脚本のほか、オリジナルドラマ『アンナチュラル』『MIU404』などヒット作品を手掛ける。2019年、『獣になれない私たち』で第37回 向田邦子賞を受賞。2021年、映画『罪の声(塩田武士原作)』で第44回 日本アカデミー賞 最優秀脚本賞を受賞。2024年、『フェンス』で第74回 芸術選奨文部科学大臣賞(放送部門)を受賞。日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』が10月スタート。
公式Xアカウント

01

欲しいものはなに?欲望の影に潜む「しわ寄せ」に自覚的でありたい

本当に欲しくてものを買っているのだろうか、本当に欲しいものを手に入れているのだろうか、という疑問はきっとみんなどこか心当たりがあるのではないでしょうか。私自身、無駄なものを買っているな、無駄なことをしているなと日々よく感じます。

もうすぐ公開される映画『ラストマイル』では、「欲しいもの」が集結しているとも言える物流倉庫が舞台になっています。「あなたの欲しいものは?」というメッセージが出てくるのですが、人間にはどうしたって物欲があるので、欲しいものは尽きない。休みも欲しいし、広い家も欲しい。だけど、広い家だと掃除が大変だからスーパー家事ロボットも必要だなとか、次々に欲しいものが湧いてくるわけです。

欲望があることで回っている世界もたしかにあって、なにかを欲する感情自体は決して悪いわけではないのだけれど、どこかしらに「しわ寄せ」が出ているはずで、そのことに自覚的でいたいと思っています。

今回の映画では、人の欲望をかなえるために日夜配送に勤しむ人たちが描かれています。運送会社がいて、下請けとして委託ドライバーがいますが、どんどん現場にしわ寄せがいく構造がそこにはある。それは、人々の欲望から生まれた「しわ寄せ」の一つだと思うんですよね。

過去にも労働者が声を上げる映画や作品はいくつも作られていますが、現場の一声ではもうどうにもならない状況があちこちにある。今回の主役である満島ひかりさん演じるセンター長のエレナのような立場の人、あるいはもっと上の立場の人たちが行動しないとシステムや社会を変えるのは難しいと思います。

もっと大きな話をすると、企業や国がそこから目を逸らして負のスパイラルが続いていくと、どんどん社会に格差が広がり歪みが生じる。本当にみんなで考えないといけない時期に来ていると、危機感を抱いています。

02

社会問題の多くは構造の問題。巡り巡って複雑に絡み合っている

私は以前、ドキュメンタリー番組の制作に携わっていて、ドキュメンタリーのなかで社会問題に関わってきました。その後、脚本家になりましたが、『空飛ぶ広報室(有川ひろ原作)』では、かつての知見や報道被害をドラマに盛り込みました。

オリジナル脚本の『アンナチュラル』『MIU404』は、社会派ドラマというように言われることもありますが、その路線を狙ったわけではなく、事件を描くということは当然、社会問題を描くことになるよねという感じなんです。

社会問題のほとんどは構造の問題なので、そこを見落とすと大事なところが抜けてしまう。個人の問題に矮小化していった先にはなにもないんです。ドラマ『MIU404』のセリフにもありますが、ピタゴラ装置のように、いろんなものが巡り巡って複雑に絡み合っている。

ドラマ『フェンス』で描いたように、例えば沖縄で犯罪を犯す1人の人がいたとして、犯罪を起こした動機はその人の問題ではあるけれど、それを生み出す仕組み、そこに行き着くまでの背景が必ずある。

誰か個人の一つの事象を描いたとしても、その向こうにそうした社会の構造が見えていないといけないのではないかなと。もちろんすべてを拾いきることはできないけど、その意識がないと大事なことが欠けてしまうし、視点が狭いような気がするんです。

03

みんなどこかで社会とつながっている

仕事だって全部つながっているんだと思います。自分さえよければいいと言っていたら、社会は回らない。『ラストマイル』では、それぞれが自分の仕事に対して問うシーンがありますが、大切なのはやっぱり自分で考えて行動しているかどうか。

会社や上司から言われたまま右から左に横流しするような仕事をしていると、どんどん「仕事」ができなくなっていくし、人ごとになっていく。「作業」になってしまう。でも、絶対、みんな社会と無関係じゃないから。自分で考えて行動できることがいい仕事であり、社会とのつながりになるのだと思います。

世界のどこかではずっと戦争があり、災害があって、そのたびに無力感を感じます。だけど、社会に関われることはあるのだと思います。例えば募金するとか、署名するとか、人と話してみるとか、選挙に行くでもいい。もちろん、それすら余裕がないという人がいるのも事実です。だから少しでも余裕がある人から変えていくしかない。

私ができることと言ったら脚本を書くことと、それこそ募金や寄付をするくらいしかない。それでも“しないよりは、する偽善”を選びたいなと。日々、無力感ばかり感じますが、それでも少しでも余裕があれば、未来のためになることをしたい。

04

できることを少しずつ頑張ればいい

できることがないと無力感を感じることもあるし、諦めたことだっていっぱいあります。私のドラマに登場する人物にも、そういった無力感や諦めと折り合いをつけている人が多くいます。私たちの人生とはそういうもの。

折り合いをつけながら、どこかで1ヶ所頑張れればいいと思うんです。すべてを頑張ることはできないし、頑張り続けるのもしんどいし、思ったとおりにいくわけでもないし。人生、できることをちょっとずつ頑張るというのでいいのだと思います。

SNSの台頭により承認欲求という言葉が広まりましたが、承認欲求って悪いことじゃないと思うんです。誰しも人に認められたい、人に知ってもらいたいという気持ちはあるわけですから。問題は、それをどう健全に持てるか、健全に満たせるかということ。承認といっても別に大きな名誉じゃなくてもいいし、本当に小さいことかもしれない。

ものづくりの世界というのは、ダメ出しみたいなことがすごく多い世界なので、その分、なるべくいいと思ったことは褒めるとか、気になることは声を掛けていったりしていきたい。そうやってお互いに認め合い、ちょっとずつ分け合うことができれば、みんなが幸せになれるし、健全な意味での欲求を満たすことにつながるのではないかなという気がしています。

05

ドラマの続きが楽しみだから頑張ろう、という希望だってある

今回、「ウェルビーイングについて一緒に考えてください」というお題でしたね。ウェルビーイングという言葉は、言われてみるとなんだか初めて聞く気がしないですね。聞き覚えあるけど、「どこで聞いたんだっけ?」みたいな感じがします。

エンタメはウェルビーイングになにができるのか?と聞かれると難しいですが、「もうすぐ公開されるあの映画を観るまで死ねない」「ドラマの続きが楽しみだから頑張ろう」というのはありますよね。私はそういうのが日々のモチベーションになるタイプなので、自分の作品もそういうふうに誰かの生きる楽しみになれたらいいなと思っています。

連続ドラマを作っていると、続編を観たいという声をたくさんいただきます。私はいつもドラマをつくるときに、繰り返し観られる強度がある、そのたびになにか新しい発見があるような作品を目指していて。キャラクターもそうですね。私の脚本を元に、演出家と役者が魅力的に作り上げてくれたキャラクターたちに、また会いたいと思ってくれることは本当にありがたいですね。

私自身も昔からドラマを観ながらお酒を飲む時間が大好きで、忙しくてもその時間があれば頑張れるので。そうやってドラマや映画をきっかけに、ちょっと楽しい気持ちになってくれたらうれしいです。

今回の映画には『MIU404』『アンナチュラル』のメンバーも出るので、続編とはまた違うのですが、楽しんでもらえたらなと思います。

06

「絶望してる暇があったら、うまいもん食べて寝る」

最近思うのは、健やかじゃないとなにもできないということ。歳を重ねるごとにひしひしと感じます。私は今50歳で、もう20代の肉体とは違うわけですから、やっぱり寝ないとダメですよ。寝ないと考えられない。

寝るギリギリまでいろいろなことを考えて、「もうなにも思いつかない!」と寝ることもあるのですが、寝ると朝起き抜けにパッと思いついたりするんですよ。睡眠ってすごいですよね。脳は睡眠中に記憶を整理しているので、そういうことも起きる。行き詰まったらとにかく寝るようにしています。

あとは食べることも大事ですよね。私は、元気が出ないなって思ったら牛肉を食べます。牛肉には、“幸せホルモン”とも呼ばれるセロトニンをつくるもととなる成分が含まれているそうで。だから、牛肉を食べるとパワーが出るんですよね。高級なお肉である必要はなくて、牛丼でもいいじゃないですか。

ドラマ『アンナチュラル』で、石原さとみさん演じるミコトのセリフで「絶望してる暇があったら、うまいもん食べて寝る」と書きましたが、それは本当に大事。

調子が悪いときは、たいてい睡眠が足りていないか、食事が足りていないか。悩む暇があったら食べて寝る。人と喋るのもいいかもしれません。もし今、眠れない状況にあるとしたら、その根本的な原因を見つけて、なんとかそこから脱出する術を考えてほしい。力を蓄えてこそ、キツい人生にも立ち向かっていけるのだから。

年を取ると、意識しないと健康は保てないんですよね。うちの母は今、80代なんですけど、ジムのプールに週2で通うくらい元気なんですよ。バタフライも泳げるし。私ははたして80代でそこまで元気でいられるかなって思ったりもします。そろそろちゃんと運動しなきゃなと思いつつ、やっぱりまずは寝て食べること。ミコトの言葉どおりだと思っています。まあ、年を取ると今度は、長時間眠るのが難しくなっていくんですけどね(笑)

公開日:2024年8月23日

内容、所属、役職等は公開時のものです

関連記事