美しくあがく先輩たちのように、歳を重ねたい。フリーアナウンサー堀井美香さんのキャリア観

堀井美香 / フリーアナウンサー

公開日:2023年11月15日

内容、所属、役職等は公開時のものです

さまざまな方に“いい時間”を伺いながら、「心地よい暮らし」や「理想の生き方」を教えていただき、こころとからだの健やかさのために、私たちキリンができることを考えていく「#あなたの“ウェルビーイング”教えてください」。

今回お話を聞いたのは、フリーアナウンサーとして活動する堀井美香さん。アナウンサーとして27年間勤めたテレビ局を、50歳を機に昨年退社し、現在はフリーに。ナレーションやラジオのパーソナリティを務めながら、長年続けてきた朗読をライフワークにするなど、幅広く活躍しています。
毎日を楽しそうに自由に、自分らしく年齢を重ねる姿が、同世代の女性を中心に共感を得ている堀井さん。そんな堀井さんの自分との向き合い方、その先に見つけた仕事観、人生観とは?

堀井美香

フリーアナウンサー

1972年生まれ、秋田県出身。95年TBSにアナウンサーとして入社。2022年3月に退社し、フリーランスアナウンサーとして活動中。現在は、バラエティ番組をはじめ、さまざまなCMでもナレーションを担当するほか、「yomibasho PROJECT」として朗読会を主催。ジェーン・スーさんとパーソナリティを務めるポッドキャスト番組『OVER THE SUN』(TBSラジオ)は、毎週金曜日17時よりエピソード配信中。著書に『一旦、退社。50歳からの独立日記』(大和書房)、『聴きポジのススメ 会話のプロが教える聴く技術』(徳間書店)がある。

01

考えすぎず、まずは一歩踏み出してみる

私って、あまり強い意志やこだわりがないんですよ。人からのアドバイスを素直にありがたく受け取って、いいなと思ったことは考える前にとりあえずやってみる。どんどん人の意見に乗っかっていった結果、良い方向に導かれているような気がします。「堀井さんは運がいいよね」ってよく言われるんですが、自分でもそうだなって思います(笑)。

ポッドキャスト番組『OVER THE SUN』(TBSラジオ)のパーソナリティを務めることになったのも、最初は気が乗らなかったのだけどスーさん(ジェーン・スー)が何度も誘ってくれて、そんなに言ってくれるならって始めたことだし、今ではライフワークになっている朗読だってそう。「堀井さんやってみたら」という先輩のひと言から始まり、気づけば20年以上続いています。そもそもアナウンサーになったのも、大学の事務局に行ったときに、たまたま窓口でアナウンサー講座のチラシをもらって、受けてみたのがきっかけなんです。

私は良くも悪くも最初の一歩は早いんですね。それでミスすることもよくありますが(笑)。あれこれと考え過ぎるより、まずは一歩踏み出してみる、まずやってみるというのが性に合っているんだと思います。

02

50歳の退社。人生のリスタート。

50歳でフリーランスになったのも、大きな志があったわけではなく意外とあっさり決めました。子どもたちも成長し手離れしたし、年齢も50というキリがいい数字だったし、憧れていた先輩たちが50歳をターニングポイントとして方向転換していく姿を見てきたこともあって。

退社する前は、みんなから忘れられるんじゃないか、仕事はあるんだろうかと不安や悩みもそれなりにありましたけど、これまで独立した人たちに相談するとみなさん口をそろえて「どうにかなるよ」としか言わなくて。そのときはあまり慰めにもならないって思ったけれど(笑)。いざ外に出てみたら、本当にどうにかなっています。というよりは、「どうにかしてる」という感じに近いかもしれませんね。

会社員時代は、成果も出したかったし、評価もしてもらいたかったし、仕事は好きだったのでちゃんと応えようと頑張っていたと思います。常に会社の目的ってなんだろう、どこに向かっているんだろうってすごく考えて、定められたゴールに向かってまい進していました。

でも今は、何も考えていない(笑)。たまたまうまくいっていて、こうやってお仕事もいただけているけど、来年も再来年も予測できないし仕事がゼロになる可能性もあります。そんな先の見えない状況なのに、不思議と不安はないんです。自分ならやれるという自信があるわけではなくて、意識や考えがもっと緩やかなものになったというか、許容範囲が広がったというか、自分像が広がったのだと思います。これまでは常に先を見据えた行動をする安定型思考だったのに。今まで持っていたものを一度手放したからか、気持ちが楽になりました。

03

“好き”があるから、自由でいられる

私の場合、こうやってフリーランスでも柔軟に軽やかでいられるのは長年続けてきた「朗読」というひとつの軸があるからかもしれません。だからこそ、朗読や読むことはこれからも続けたいし、それは自分に課していることでもあります。

朗読会のための会場をもう2年先までおさえているんです。そうすれば練習せざるを得ないから、自分の首を絞めると同時に続けるための口実にもなるなって。来年には3年後の会場をおさえます。そうやってちゃんと続けられるシステムが作れて、しめしめと思っています。そうじゃないとどこかでやらなくなっちゃうから。

先日、フリーランスになって2回目の朗読会を故郷・秋田で無事に終えました。朗読に関しては、誰の意見も気にせず好きにやっているので、会場の手配からポスターの制作、ポスターを貼るのも、みなさんに配る紅白饅頭の発注まで、すべて自分でやっています。紅白饅頭は、秋田県では卒業式などで全生徒に配られていたんです。小さい頃からそれが大好きで、大好きで。大人の嗜みとして一度は紅白饅頭を配る人になりたいという野望を、ついに実現できました。

今は来年7月の東京文化会館での朗読会に向けて準備を始めたところです。新しい演目の本を決めたり、演出家やピアニストとどんな公演にするか議論を重ねたりしながら、形にしていきます。この作り上げていく作業が、もう楽しくてたまらないんです。

04

見えないゴールが、不安ではなく希望に

好きで続けている朗読ですが、こうやって取材などで「朗読をやっています」と答えている自分に後ろめたさを感じてしまうときがあるんです。なんだか自分の中ですごく“偽物感”があるというか。

普段ナレーションなどの仕事はほぼ初見で読んでいて、文字を見ると2〜3行先は目に入ってくるので感情を表現しながら器用に読めてしまいます。その読み方だと何も考えなくても読めてしまうんです。長年アナウンサーとしての経験で培った技能で、そのおかげで簡単にできるのですが、そこにどうしても“偽物感”を感じてしまうんです。大切な朗読中に他のことを考えるのは物語の作者にも聞いてくださる方にも失礼だな…と。

その“偽物感”を自分の中で納得させるためには、負荷をかけるしかないと思い、今回はすべて暗記することに挑戦しました。練習は3ヶ月前から始めて、全文を覚え切ったのが朗読会1か月前。最初は単語帳で覚えて、全部頭に入ったら毎晩手ぶりもつけて喋りながら2時間ぐるぐると近所を歩き回っていました。記憶力も低下してきた私にとって暗記はとにかく大変で、2時間の物語を覚えるのは地獄のようでした。

結果的に、偽物感はまだまだ拭えてはいません。それでも、脳みそで考えるより先に言葉が次から次へと溢れ出る感覚は、暗記したからこそ。完全に満足できる日はこないかもしれないけれど、「自分はこれだけやった」という事実、毎晩ぶつぶつ言いながら練習したという事実はあるんだと清々しい気持ちになっています。毎日続けることで、その一瞬一瞬が積み重なっていることが自分でもわかったので、人に評価されなくても自分の中で納得できればいいかなという気持ちにもなれました。ゴールが見えないのは辛いことなんだけど、終わりがないからこそ続けられるし、すごく希望があることでもあるんだと思っています。

仕事、そして朗読のような自分のための時間に加えて、これからはもう少し自分の時間を人に還元していきたいなとも考えています。会社員だったときから続けていることではあるのですが、子どもたちに読み聞かせをする小さな朗読会や、ひとり親の家庭にお弁当を宅配するボランティアをしているんです。もちろん自分の時間とお金をすべて投げ打ってまではできないので、できる範囲にはなりますが。自分のための時間と人のための時間があることで、心のバランスも取れている気がします。

05

年齢を重ねることは、自由で美しい

年齢を重ねることに不安を抱く方も多いと思いますが、私はまったく不安がないんです。
今回、朗読会で披露した三浦綾子の長編小説『母』の主人公セキは87歳。いま51歳の私が、これから5年先、10年先と年を重ねることで、自分が発する言葉にどう滲み出てくるのか、この言葉をずっとずっと記憶して体に染み込ませて重ねていくとどんな言葉として発せられるのか、毎日積み重ねることでどう変化していくのか。今はそれが楽しみです。

90歳近い私の母親は今も働いています。義務ではなくて、体を使うことが好きだし働くことが好き、誰かのために何かをしてあげるのが好きなんでしょうね。私自身もずっと働くことは続けていくと思いますが、それは自分の体のため、心のためでもあるんだろうなと。そんな姿を見て、自分もそうありたいと思っています。

昔から10歳くらい上の先輩方の話を聞くのがすごく好きで。そういう先輩方は私の悩みをすべて丸ごと解決するかのように悟っているし、先を歩んでいる人の話から自分の未来を想像して描くこともできます。

とくに70〜80歳の先輩方の、「終わり」に向かって最後の光をどう出そうかとか、自分がこれまで生きてきた人生にどう決着をつけようかとか、今あるギリギリの時間をどう過ごそうかとか、そんな最後の「あがき」をしている姿ってすごく美しいんですよね。

退社して1年半、最近はますます好き勝手にやらせてもらっています(笑)。不安だった当時の自分に「あんた、もっといい加減にやってるよ。いいぞ、もっとやれ!」って言ってあげたい。今はこれ以上、何を持とうとも思わないし、何者にもなろうとも思っていなくて。だからこそ、こんなに自由でいられるんだと思います。

  • 撮影七緒
  • テキスト高野瞳
  • 編集花沢亜衣、株式会社RIDE

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