差異化の鍵にも。ビジネスにおいても重視される、ウェルビーイングの視点 藤原: では、会社のウェルビーイング度を上げるために、従業員一人ひとりはどんなことができるでしょうか。
石川: 私たちは、隣で働いている人がどんな業務をしているかはよく知っているけれど、「どんな人なのか」は意外と知らなかったりしますよね。だから、「仕事の話題に一切触れずに、隣席の○○さんのことを紹介して」なんて言われると、「ウッ……」となってしまう人が多い。自社の仲間について、お互いに他己紹介できるくらいまわりに興味を持とう、といったようなシンプルなことが、ウェルビーイング回帰のきっかけになっていくと思うんです。
藤原: その人が大事にしている信念や趣味嗜好を理解したうえで仕事をしたら、「この人はこういう分野が得意だから、任せたらさらに伸びるんじゃないか」といった考えも生まれそうですし、画一的ではない働き方ができそうです。
石川: ただ、いまはハラスメント時代でもあるので、個人の領域に踏み入るのが難しくなっている面もあります。でも、そこに果敢に挑戦している人事の方もいるので、まだまだやり方を模索する余地はあるように思います。
——石川さんはお仕事柄、企業からビジネスをするうえでどのようにウェルビーイングを実現していけばいいのか、というような相談を受けると思うのですが、実際はいかがでしょう?
石川: 商品やサービスの開発に、ウェルビーイングの視点を入れたい、という企業が増えてきています。その背景には、企業が自社の事業に、明らかな課題を見つけにくくなっている、ということがあると思います。「良いものをつくったけど、これをどうほかの商品と差別化していけばいいのか?」という問題ですね。例えば、生命保険企業はいま、業界を上げてウェルビーイングに舵を切っているのですが、それは、もはや死亡保証・疾病保証だけではサービスの差異化ができないからなんです。
こうした状況には、もう一つ、「健康寿命」というものの捉え方が変わりつつあることも大きく関係しています。従来の健康寿命の定義は、「日常生活に支障がない」というものでした。すなわち、「健康寿命=疾病や障害がない期間」という考え方ですね。ここには、ウェルネスやウェルビーイングの考えが入っていません。
さらに言えば、そもそも疾病や障害を抱えた人は幸せではないのか、という疑問もあります。肉体上は疾病や障害があるかもしれないけれど、精神的・社会的にはウェルビーイングであることは十分あり得ますよね。逆に、肉体上は問題がなくても、精神的・社会的にウェルビーイングじゃないという人もいる。これからは、そうした視点も加えた、いわば「健幸寿命(ウェルビーイング寿命)」というものが次に出てくると思います。
藤原: そうすると、「健康」に貢献する要因というものが、いままでとはだいぶ変わってきますね。
石川: 健康の定義が、大きく変わることを意味します。これまでは身体の健康のみに注目し、寿命を延ばすために塩分控えましょう、運動しましょう、禁煙しましょう……みたいな話に終始していましたが、ウェルビーイングの観点が入ることで、例えば文化・芸術体験を積極的にしましょう、みたいなことも重要になってくる。
藤原: いわゆる「人生100年時代」の健康、ということですね。昔は、100年生きられるなんてファンタジーの世界だったから、みんな憧れていたけれど、実際にそんな時代がやってきたいま、逆に「え、100年も生きるの? 冗談じゃないよ」みたいに思う人もいるかもしれません。でも、ウェルビーイングな状態で100歳までの人生があるなら、それはウェルカムということになるはずです。