ウイルスと共存するために。生物学者・福岡伸一と「免疫ケア」を考える

  • Illustration : おほしんたろう
  • Photo : 寺内暁
  • Text : 榎並紀行(やじろべえ)
  • Edit : 服部桃子(CINRA)

昨年来、世界中の人々が新たなウイルスに翻弄されてきました。代わる代わる出現する変異ウイルスから身を守るためには、どうすればいいのでしょうか?

世界的に健康意識が高まるなか、あらためて注目されているのが人間が本来持つ「免疫機能」の重要性。この「免疫」とはどのようなもので、何をすればその働きを維持できるのか。その答えを解き明かすためお招きしたのは、生物学者の福岡伸一さん。『生物と無生物のあいだ』(講談社)、『動的平衡』(木楽舎)などの著書で生命現象の核心を解き、新著(共著)『ポストコロナの生命哲学』(集英社)ではウイルスとの共生や、免疫機能の大切さを唱えています。

そんな福岡さんと、健康な人の免疫の維持をサポートするプラズマ乳酸菌を発見したKIRINヘルスサイエンス事業部の藤原大介との対談を実施。共通項の多いお二人のお話は、テーマである「免疫と健康の関係性」だけでなく、お互いの生物学や研究に対する思いまで広がっていきました。

INDEX

  1. 「生命は、もっと合理的なものだと思っていた」
  2. 30年のときを経てつながった2つの研究
  3. 生物のなかで、人間だけがストレスに晒され続けている
  4. 免疫システムの維持につながる「迷走生活」とは?
  5. 「体の免疫システムを信じる」。変異ウイルスから身を守るためにできること

福岡伸一生物学者・作家

1959年東京生まれ。京都大学卒および同大学院博士課程修了。ハーバード大学研修員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員研究者。サントリー学芸賞を受賞し、87万部のロングセラーとなった『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』シリーズなど、「生命とは何か」を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。そのほか、『世界は分けてもわからない』『できそこないの男たち』、哲学者・西田幾多郎の生命論について考察した『福岡伸一、西田哲学を読む』、副交感神経優位の暮らし方をすすめる『迷走生活の方法』など。

藤原大介キリンホールディングス(株) ヘルスサイエンス事業部部長 兼 R&D本部キリン中央研究所リサーチフェロー

東京大学大学院農学生命科学研究科を卒業後、1995年キリンビール・基盤技術研究所に入社。その後、基礎研究に従事し、理化学研究所及びカリフォルニア大学ロサンゼルス校留学を経て、現部へ。専門は免疫学・微生物学。

「生命は、もっと合理的なものだと思っていた」

――お二人は初対面ということですが、もともと藤原さんは福岡先生のファンだったそうですね。

藤原:はい。対談にあたり、あらためて福岡先生の『生物と無生物のあいだ』を読み返しました。私はここまで見事に科学を文学的、哲学的に表現した本をほかに知りません。科学ってどうしても内側に閉じがちな学問ですが、この本はサイエンスの現場のことが一般の人にも伝わる内容になっている。どうして、こういうアプローチで本を書こうと思われたのですか?

藤原大介

福岡:誰かに向けて書いたというより、あるとき、自分の考えていることを自分で整理してみようと思い立ったのがきっかけですね。20年ほど前に、これまでやってきた研究にある種の反省というか挫折のような気持ちを味わって、大きくアプローチを変えてみようと考えたタイミングで書いたのが『生物と無生物のあいだ』でした。

福岡伸一氏

藤原:その挫折とは、どういうものだったのでしょうか?

福岡:私はもともと虫が好きな子どもで、ドリトル先生シリーズや『ファーブル昆虫記』を読むことで生物全般に興味を持ちました。以来、生命の不思議を探索したいという気持ちが芽生えたんです。ところが、大学で学ぶ生物学はどうしても細胞分子や遺伝子といったミクロな世界に入ってしまう。特に、私が大学生だった1980年代はPCR(「Polymerase Chain Reaction」の略。ウイルスなどの遺伝子を増幅させて検出する技術)をはじめさまざまなツールが使えるようになる分子生物学の夜明けのような時代でもあり、生命を切り分けてさらにミクロのほうへと進んでいきました。それはそれでいろんな発見もあったのですが……。

藤原:「生命の不思議を探索したい」という根源の欲求は満たされなかったと。

福岡:はい。細かいことをいくら追求しても「生命全体のことは何もわからない」ことに気づいたんです。それを知るには、もっと大きな視点で生命をとらえなくてはいけないと考えました。

藤原:それで、「生物とは何か」について真っ向から考察する『生物と無生物のあいだ』を書かれたと。あらためて、あの本は生物現象の本質に触れられていると感じました。研究室にいるとグラフで物事を判断しますよね。上がったとか下がったとか、統計的な有意差がどうかとか。でも、それって単なる数字であってまったく生命の本質ではない。一方で、福岡先生はそうした研究の奥にある生命の本質の現象のことを見事に描写されています。

福岡:ありがとうございます。

藤原:なかでも私が感銘を受けたのは「動的平衡」という生命観です。「生命は絶えず率先して分解を行ないつつ、同時につくりなおす動的平衡を繰り返していく」と。私はそれを大学で教わった「プロテイン(タンパク質)がターンオーバーする」という言葉だけで済ませてしまっていましたが、福岡先生の『動的平衡』という本を読んで、自分自身のタンパク質が「いま、この瞬間にも移り変わっている」ということを実感できるようになりました。

福岡:おもしろいのは、単に細胞が古くなったからと壊して交換するのではなく、できたてホヤホヤでも壊しているということですよね。壊れたり古くなったりする前にあえて自ら壊してエントロピーをどんどん捨て、つくり変えるというところに生命の躍動があるのではないかと思います。

藤原:すごいことですよね。私は生命とは、とても合理的にできているものだと思っていました。でも、まだ腐っていないタンパク質を捨ててしまうなんて、じつは非合理的なんじゃないかと。

福岡:短いスパンでみると、なぜそんなに非合理的なことをやっているんだろうと感じますよね。ただ、数十年、数百年、あるいは生命誕生以降の38億年という長いレンジで生命の歴史全体を見渡してみると、あえて先回りして秩序を壊しながらつくり変えるということが、生命が唯一存続する方法だったんじゃないかと思いますね。

30年のときを経てつながった2つの研究

――福岡先生と藤原さんは研究の分野が比較的近いと思いますが、お互いの研究についてはどうお感じになりますか?

藤原:もちろん、細胞や遺伝子の研究者としても福岡先生はいくつもの素晴らしい発見をされています。じつは、私が研究しているプラズマ乳酸菌も、もとをたどれば先生の「M cell(M細胞)」という研究と結びつくんです。

福岡:やはり! そうじゃないかなと思っていました。

藤原:プラズマ乳酸菌は口から摂取し、小腸で取り込まれて腸の免疫細胞を活性化。その効果が全身に広がっていきます。その小腸に取り込まれる際に、M cellというものをとおして内側に入っていく。このM cellの機能を福岡先生が明らかにされたんです。

プラズマ乳酸菌の作用の図解

福岡:M cellは免疫系を司る細胞が集まった「島」に存在する外界との接点です。その上にGP2というタンパク質があり、これが警察官のように免疫システムに働きかけます。「消化管でこんな菌がウロウロしているから、体のなかの免疫システムは注意しなさい」という具合ですね。私はこのGP2を30年以上前に発見したのですが、当時は乳酸菌がM cellを通っていくということまではわかりませんでした。ですから、かつて研究していたGP2がこうして新しい物語をつくり出してくれたことを、とても嬉しく思っています。

藤原:そうなんです、つまり福岡先生の発見がなければ、プラズマ乳酸菌のメカニズムもわからなかった。ですから、今日こうしてお会いできたことを、本当に光栄に思っています。

――ときを超えて2つの研究がつながり、結実したわけですね。このプラズマ乳酸菌とは、そもそもどういったものなのでしょうか?

藤原:プラズマ乳酸菌は、健康な人の免疫の維持をサポートする乳酸菌です。免疫細胞の司令塔である「pDC(プラズマサイトイド樹状細胞)」という細胞に働きかけ、その司令塔の指示によって免疫機能全体(NK細胞、B細胞、キラーT細胞、ヘルパーT細胞)が活性化されるというメカニズムになります。

生物のなかで、人間だけがストレスに晒され続けている

――プラズマ乳酸菌が免疫機能を活性化させるということですが、そもそも「免疫」の働きとはどういったものなのか、あらためて教えていただけますか?

福岡:私たちは非常に精妙で複雑な免疫システムを持っています。特に消化管などは「最強の免疫臓器」といわれるほど、たくさんの免疫細胞、あるいは免疫に関係するタンパク質などのリソースを持っているわけです。こうした免疫細胞は普段から私たちの体のなかで防衛体制をとって、細菌やウイルスなどと戦っています。

ただ、これにはたくさんのエネルギーを消費します。例えば、強いストレスに晒され続けると免疫システムを働かせるエネルギーのリソースが奪われてしまう。つまり、免疫が正常に働かなくなってしまうわけです。

藤原:免疫はストレスに対してとてもナイーブですよね。そのため、なるべくストレスを抱えず生活することが、免疫を高く維持する唯一の方法といえます。

福岡:生物のなかで、こんなにも絶えずストレスに晒され続けているのは人間だけですからね。もちろん人間以外の一般的な生物だって、ストレス状態に置かれることはあります。例えば天敵に食べられてしまいそうなとき、縄張り争いが起きたとき、パートナーを見つけるために飛んだり跳ねたりしなければいけないときなどですね。こうした状況下では、体を動かすためにエネルギーを一気に集中させなければならず、呼吸が速くなる、心臓がドキドキするといったストレス反応が起こります。そのあいだは免疫システムがお留守になってしまうわけですが、危機が去ればすぐもとに戻る。人間以外の生物のストレスは一過性のものなんです。

一方で、私たちは仕事や人間関係のことなど、周囲にはつねにストレスの要因があります。これは生物学的にはとても不合理な状態にあるといえます。

人間は日々さまざまなストレス要因に囲まれている

免疫システムの維持につながる「迷走生活」とは?

――では、ストレスを減らし免疫システムを維持するためには、どうすればいいのでしょうか? また、福岡先生や藤原さんが普段から心がけていることはありますか?

福岡:まずは「健康的な食事をする」「十分な睡眠をとる」「適度な運動をする」。つまりは、健康的な生活を維持するといった、ごく当たり前のことが大事になります。

私自身がストレスをなるべく抱えないために心がけているのは、美味しいお酒を飲んだり、お酒に合う和食を食べたりすること。KIRINさんの肩を持つわけではありませんが、ビールも大好きです。あとは、ユーモアを心がけ、ストレスを笑いに変えることも意識してきました。上司がいろいろとキツいことを言ってきても、内心は鼻で笑っているくらいの心のゆとりを持ちたいですよね。

藤原:私はなるべく野菜を摂るように心がけています。昔は嫌いでしたけど、腸内細菌を維持するにはそのエサとなる食物繊維が欠かせないため、論理的に食べています。あとは、適度な運動。定期的にジムで8kmくらい走っています。人間の体は適度な運動によって免疫が上がっていきますが、過度にやると逆に下がってしまう。

そこで、どこまでが自分にとっての適正距離か、自分の体で実験してみることにしました。1km刻みで走っては体調の変化を観察し……その繰り返しで自分の限界が8kmであることを突き止めました(笑)。

福岡:それは科学者らしいアプローチですね。まあ、普通の人は藤原さんのように1km刻みで走るような精度を求めなくてもいいと思いますが(笑)。体調と相談しながらいろいろ試してみるといいのではないかと。

生命現象の多くは弱い刺激だと活性化され、ある一定のラインを超えた強い刺激になると抑制されるという、山型のカーブを描きます。ですから、運動に限らずお酒やコーヒーの摂取量なども、自分にとっての最適値がどこにあるか知っておくのはいいことですね。

あとは、やはりリラックスした生活を心がけることが大事です。自律神経系は交感神経と副交感神経に大きく分けられ、両者の働きはよくアクセルとブレーキに例えられます。アクセルである交感神経が優位になると体が活性化する反面、高ストレスで免疫系が痛めつけられます。

――副交感神経を優位にするために、具体的にどんなことをするといいのでしょうか?

福岡:副交感神経のなかで代表的な神経が「迷走神経」と呼ばれるもので、これを活性化させることで免疫系が維持され、細菌やウイルスと戦ってくれます。ですから、迷走神経が活性化するようなストレスのない生活、それを私は「迷走生活」と呼んでいるのですが、そういった暮らしを心がけることですね。そして、藤原さんが発見したプラズマ乳酸菌の入った飲料やサプリを摂るといいんじゃないでしょうか。

藤原:ありがとうございます(笑)。

プラズマ乳酸菌が配合されたドリンク「キリンiMUSE レモン」

「体の免疫システムを信じる」。変異ウイルスから身を守るためにできること

――昨年から、私たちは新型コロナウイルスに翻弄されてきました。ウイルスから身を守るためには、やはり免疫が大きなカギになるのでしょうか?

藤原:そうですね。もちろんワクチンや抗ウイルス剤などは有効な手段ですが、パンデミックで医療崩壊の危機が訪れたことを考えると、それだけに頼りすぎるのは得策ではありません。医療インフラだけに依存しすぎず、一人ひとりが普段からできることをやる。それも大事なことではないでしょうか。

福岡:次々と変異ウイルスが出てきて不安を感じている人も多いと思います。ウイルスも生命現象の一部ですから、「壊す→つくりなおす」を繰り返して変化していきます。

ただ、人間の体の免疫システムはそれ以上に精妙で、ウイルスなどの侵入者が暴れないようにする仕組みが備わっています。まずは自然免疫が働き、次にウイルスに対する獲得免疫が働いて抗体をつくる。その抗体のレパートリーも個人差があり、ウイルスに対しての「攻め方」も一人ひとり異なります。

ワクチンは有効な感染症対策になると思います。しかし、その前提としてまずは自分自身の健康を維持し、体に備わっている免疫システムを信じるということが基本になるのではないでしょうか。

藤原:今後はコロナも季節性のインフルエンザのように、毎年かたちを変えて登場してくるかもしれません。そうなると、ウイルスとの共存というところも考えていかなくてはならない。免疫ケアの重要性はさらに増していくと思います。

福岡:同感です。いまは何もなかったところに新型のウイルスが現れたことで、みんなびっくりしてしまったわけです。ただ、ワクチンと重症化を防ぐ治療薬さえできれば、あとは共存の道を探っていくことになるでしょう。そうなれば、私たちも必要以上に恐れる必要はなくなる。その日が来るまでは特に健康的な生活を心がけ、免疫システムを整えておくことが重要になると思います。

公開日:2021年11月29日

※内容、所属、役職等は公開時のものです

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