長谷川あかりさんと考えるフードテックの未来。「エレキソルト」は食卓をどう変えるか

長谷川あかり / 料理家・管理栄養士

佐藤愛 / ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ・エレキソルト開発

公開日:2024年5月20日

内容、所属、役職等は公開時のものです

手軽に作れて、おいしくて、心も身体も満たされる。誰もが多忙な日々を生きる現代では、そんないくつもの要素をバランスよく取り入れた「豊かな食事」が求められている。

キリンと明治大学の宮下芳明研究室との共同研究成果の技術を用いた「エレキソルト」は、電気の力で塩味やうまみを増幅してくれる新しいテクノロジーをもつスプーン型デバイスだ。食事療法として減塩を取り入れる人はもちろん、健康や美容を意識するさまざまな人の「食」を変えるツールとして発売された。

「料理はもっとも身近な科学」と言われるように、実験をくり返してベストな方程式を見つける作業は、料理家も研究者も同じ。今回はエレキソルトの開発を担当したヘルスサイエンス事業部の佐藤愛と、心と身体をケアする「いたわりごはん」で知られる料理家の長谷川あかり氏が、これからの食について語り合った。

長谷川あかり

料理家・管理栄養士

1996年生まれ、埼玉県出身。俳優・タレントとして活動したのち、大学で栄養学を学び、2022年より料理家・管理栄養士として発信をスタート。SNSに掲載していたシンプルで豊かなオリジナルレシピが話題となり、雑誌やWEBへのレシピ提供、企業とのメニュー開発、料理本の出版などさまざまなフィールドで活躍中。著書に『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』、『つくりたくなる日々レシピ』ほか。3月には新刊『いたわりごはん2 今夜も食べたいおつかれさまレシピ帖』を発売。

佐藤愛

ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ・エレキソルト開発

東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了後、2010年キリンホールディングスに入社。清涼飲料や新規食品素材など、キリンの食領域における研究開発に携わる。2019年に明治大学の宮下芳明研究室と共同で「エレキソルト」を開発。同年にキリングループ社内の新規事業支援プログラムに採用され、事業化に向けたプロジェクトがスタートした。2024年にエレキソルト家庭用モデルが発売予定。

01

病気、未病、健康。どんな人にも必要な「おいしさと栄養」

佐藤今日はよろしくお願いいたします。私は2010年にキリンに入社して、飲料に限らず、新しい事業につながるような研究開発に携わってきました。2019年にエレキソルトの事業提案をしたところ、それが社内のコンテストを通過して、2020年からエレキソルトの事業化に向けて取り組んでいます。

もともとは減塩療法をしている方に食事をより楽しんでいただくために開発したエレキソルトですが、ふだんの食事の楽しさを広げるツールとしても可能性を模索している最中なんです。長谷川さんのやさしく楽しいレシピをSNSでいつも楽しみにしているので、今日はお話を伺えるのが楽しみです。
長谷川さんが料理研究家になった経緯はどんなものだったのでしょうか?

長谷川私はもともと料理が好きだったこともあって、管理栄養士の資格が取れる大学に進んだのですが、いろいろな授業を受ける中で一番興味深いと感じたのが栄養学だったんです。ただ、病態に対して明確なアプローチがある栄養学よりも、健康な人たちの病気を予防することや、健康をより増進していくことに関心がありました。

佐藤はじめから料理研究家を目指していたわけではなかったんですね。

長谷川そうなんです。実は子役として活動していた時期もあったので、微々たるものかもしれませんがそういう影響力がある状態で食について発信していくことそのものが公衆栄養学につながるんじゃないかという思いもありました。そこで、自分がやりたいことに近い職業って何だろう?と考えたときに浮かんだのが料理研究家だったんです。

※公衆栄養学…地域の方々の健康づくりを栄養・食生活から支援するための必要な知識を学ぶ科目

栄養のことを発信するとなると、どうしてもカタくなるイメージが私のなかにあって(笑)。正しい栄養の知識も、わかりやすく楽しいものでないと、届くべき若い層にはなかなか届かない。とはいえ、キャッチーさを追求すると「これを食べたらニキビがなくなる」みたいな、ちょっと極端な情報になってしまったりする。私はレシピという身近な媒体を使って「これ、おいしいから食べてみて」って紹介していくことで、自然と身体の栄養状態も良くなったらいいなと考えています。

佐藤たしかに長谷川さんのレシピは、「おいしそう」「やってみたい」と思えるものが多いんですよね。本当にシンプルなレシピだから実際に取り入れやすくて。私自身とても面倒くさがりなので、長谷川さんのように気軽に暮らしを楽しめるヒントを発信していただけるのは大変ありがたいです。

左:エレキソルト スプーン(実験機)、右:エレキソルト 椀(実験機)。※販売機とは形状が異なります。

エレキソルト事業も最初は「病気で減塩が必要な方に食事をより楽しんでもらうために」というところからスタートしたのですが、未病・予防くらいの段階で意識していく必要があると考え直して、途中から事業の方針を変えたんです。病気のため、健康のため、と指導的になっていくとやっぱりうんざりしてしまう。それよりも、食の楽しさや面白さを伝えていくほうが重要なのかなと思います。そういう意味でも、長谷川さんのレシピや伝え方は参考にさせていただいていました。

長谷川ありがとうございます、嬉しいです。私自身もそうなのですが、健康な人に「減塩しましょう」って言っても、なかなか実践できないんですよね。だから栄養学にあまり興味がない人でも楽しめるような発信をすることは、普段から意識しているかもしれません。

02

レシピにはあえて余白を。自分らしく味を完成させてほしい

長谷川さんは、素材の組み合わせや調味料の使い方など、味づくりにおいて気をつけることはありますか?

長谷川私はレシピを発信するとき、自分が思う“100点満点”じゃなく、7~8割で出しちゃうんですよ。そうすると、人によってはちょっと物足りないと感じるかもしれないけれど、何割かの人には、「あれ、いつもはもっと濃い味付けにしていたけれど、これくらいのシンプルな味付けでも十分おいしいじゃん」と気づいてもらえる。外食でも自炊でも、普通は“100点満点”を目指して料理することが多いと思いますけど、毎食120点を目指していたら疲れてしまいますしね。

もちろん物足りなければ好みで塩味や酸味を加えて調整できますし、そこに工夫の余地があることで、より「私が作ったんだ」って気持ちになれて料理を楽しめる気がしませんか?味の方向性だけは明確に伝えますが、あとは自由な発想で作ってみてほしいので、自分らしくアレンジできる幅を残しておくことが、私なりの味づくりになっています。

佐藤私もレシピを見ながら料理をするとき、あんまり細かく計らずに作ってしまうことが多いです。それで足りなかったら調味料を加えたりして、自分なりに味を決めていく。長谷川さんのレシピがフルマックスじゃなかったと知って、よりアレンジしがいがあるなと思いました。

長谷川そうなんですよね。全部きっちりレシピ通りじゃなくても、エッセンスとして参考にしてもらえればいいなと思っているんです。いわゆる「衝撃的においしい」みたいなものって、インパクトはあるものの、一度食べたらもう当分はいいやってなったりするじゃないですか。7~8割のおいしさだと、一口目に「薄いかな?」って思っても、食べ終わる頃には「また明日も食べたいな」と思えるし、身体にも負担がかからない。そうやって毎日の食事として作ってもらえるものを目指しています。

佐藤おいしさと健康のバランスがちょうどいい、と思えることは大切ですよね。健康な食事でも味に満足できないとしっかり食べられなくて体力が落ちてしまいますし、逆においしくても塩分やカロリーが過多だと身体に負担がかかってしまう。「おいしさや楽しさを損なわずに、毎日の食事に使っていただけるもの」というのは、エレキソルトの使い方として考えてきたことでもあります。

長谷川おいしさと健康の両方を取り入れていくことによって、どちらの関心層にも刺さらないという難しさもあるので、ちょっとオシャレな提案をすることもポイントだと思います。「調味料で味を濃くするよりも、野菜の甘みを感じられるほうが素敵だな」とか、豊かな食生活やライフスタイルという要素をプラスして、バランスをとってみたり。

食事は毎日のものなので、メリハリが大事なんですよね。だから家では外食の味を再現する必要はないし、自分をいたわれるようなものがいい。そこにちょっとした素敵さと、ちょうどいい味付けがあると、楽しく食事ができるんじゃないでしょうか。

03

電気味覚の技術で、塩分を抑えつつ食生活を豊かに

エレキソルト スプーンは実験機のため、販売機とは形状が異なります。

佐藤今日は長谷川さんに、エレキソルトのスプーン型デバイスを実際に使いながら試食をしてもらえたらと思っています。食事によって合う合わないがあるのですが、電流を流すものなので、やっぱり汁物は効果がわかりやすいです。電流があるうちはいいんですけど、流れ終わると効果も止まってしまうので、お肉などは噛んでいるうちに元の味に戻っていってしまう。「口の中の滞在時間が短い食事」がエレキソルトには向いていることがわかってきました。

使い方としては、4段階ある電流の強さをボタンで選び、先端の電極に食品が触れるように食べていただく形になります。そうすることで、食品から舌を通り、腕を通って、また食品に戻っていくという電流の流れができる。電気味覚と呼ばれる技術なのですが、人体に影響のない微弱な電流を流すことで塩味などが増強される仕組みです。

元の味も確かめつつ、まずは弱い電流からおみそ汁を試食してみてください。なるべくスプーンを汁に長くつけるようにして飲むと、味の変化がわかりやすいと思います。

長谷川すごい、想像以上に未来ですね(笑)!うん、確かにエレキソルトを使って飲むと、舌に残る塩の重さが違うかもしれません。とんかつ屋さんのおみそ汁みたいな感じで、けっこう濃い味になりますね。ピリピリした感じは全然なくて、普通においしいです。

佐藤ボタンを押して4段階の電流の強さを変えていくと、より濃く感じるようになりますよ。とても微弱な電気を使っているので、個人差もありますし、料理によっても効果が異なるんです。個人的に合うなと思っているのがカレーとシチューなのですが、今日は無塩のバターチキンカレーも用意してきたので、こちらも試してみてください。

長谷川無塩のカレーって初めて食べるんですけど、このままでもおいしいですね。エレキソルトを使うと、トマトの風味がすごく濃くなっておもしろい。全体的に味が増幅されるような感じがします。

佐藤そうですね。塩味がない料理の場合は、酸味やうまみが濃くなっていくイメージです。お次は、ぱらっと塩をふって、減塩カレーの状態でも食べてみてください。

長谷川うんうん、すごくおいしいです。塩は軽くふっているだけなので、普通のスプーンで食べると味が薄いんですけど、エレキソルトだと普段食べているカレーの味になりますね。おみそ汁より味の変化がわかりやすいかもしれません。塩は混ぜちゃうよりも表面にふりかける感じにすると、より塩味を強く感じられる気がします。無塩カレーとセットで売ってほしいくらいおいしい(笑)。

佐藤カレーのように、わりと複雑な味のほうが相性が良いと思います。エレキソルトという名前ではあるんですが、うまみや酸味も得意としてるんですよ。塩味のベースがあるかないかでも増強の効果が変わってくるので、ご家庭でいろんな使い方をしていただければ、より豊かに楽しめるかなと。実証実験でお客さまに試していただいたときは、おしるこなどのスイーツに使っている方もいらっしゃいました。

04

アイデア次第で、可能性が広がっていく。エレキソルトのある未来

こうして実際に使えるデバイスができるまで、開発は長い道のりだったのでしょうか。

佐藤そうですね。最初は大学病院の先生から「患者さんになかなか食事療法を続けてもらえない」というお話を聞いたのがきっかけでした。「減塩することが大事なのはわかるけど、続けるのはつらいものだよ」という患者さんの声も伺ったので、試しに自分でも3か月、1日6グラムくらいの塩分で生活してみたんです。

最初は「意外といけるかも」と思っていたのが、3か月経つとだんだん食欲や体力がなくなってきて、体重も5キロくらい落ちてしまって。「これを続けるのはしんどいな。想像以上に大変なんだな」と思って、味を底上げするような方法がないかと模索し始めたことが、開発につながりました。

もともとは大学で研究されていた技術で、手作りの実験機で試すところからスタートしているのですが、実際の食事に合わせて安定して電流を流せるようにするまでが難しかったですね。箸型なども検討したのですが、うまくいかずに断念して、スプーン型に落ち着きました。

長谷川私はこういう技術があることを今回初めて知ったのですが、理屈ではわかっても、日常にどう馴染んでいくんだろうと思っていたんです。でも「口の中の滞在時間が短い食事」に合うということは、加齢とともに噛む力が衰えていっても、カレーやお粥などの柔らかいものが塩分を抑えつつおいしく食べられるってことですよね。液体の食事って摂取する重量が増えますし、味付けも濃くなりがち。固体の食べものと比較して塩分摂取量が多くなってしまう傾向にあります。だからこそスプーンで調整できるのはすごくいいですね。

佐藤減塩されている方に食べたいものを聞くと、やっぱりカレーやラーメンを挙げる方が多いんです。そこにハードルを感じている人にとって、エレキソルトが食を楽しむきっかけになれば嬉しいですね。

長谷川日本人は塩分を摂りすぎる傾向があるので、健康でも使ったほうがいいと思います。私の世代だと、むくみ対策で塩をひかえる人も多いですよ。「むくみ対策スプーン」みたいな感じで美容アイテムにもなると思うんですが、どうでしょう?(笑)。それこそ栄養満点の野菜スープに軽く塩をかけてこのスプーンで食べれば、調整食にもできそう。

佐藤こうして実際に試していただくと、自分では思いつかないようなアイデアをいただけて嬉しいです。

長谷川スプーンで食べるとしたら、中華料理とか韓国料理とか、エスニックな料理とも相性が良さそう。これで小籠包とか食べてみたいですし、レンゲ型なんかもぜひ作ってほしいです。

離乳食や幼児食にも合いそうなので、大人はそれに少し塩をふってエレキソルトを使えば、同じレシピで楽しめますよね。離乳食って食材のうまみだけで作るものが多いですが、実は私の料理はそこから発想を得ているものが結構あるんですよ。

佐藤離乳食から考えるっていうのはびっくりです。レンゲ型も使いやすそうですし、ご意見が参考になりました。実験的なおもしろさのある技術なので、いろいろなメニューやレシピを試していただいて、どんどん食の可能性が広がっていけばとワクワクします。エレキソルトを使う人のコミュニティを作って、そこで相性のいいレシピやおすすめの使い方を共有していけたらいいなとも考えています。

05

欲張りな時代に応えられる、“食の選択肢”を増やしていくこと

お2人はこれからの「食」について考えるとき、どんなことが大事になってくるとお考えでしょうか。

長谷川やっぱり時代の変化や、流れみたいなものはあると思うんです。私のおばあちゃん世代は共働きが当たり前だったから食事も塩蔵品や作り置きが多かったりするし、母親世代は高度経済成長期で専業主婦が多いから食の水準が上がって、洋風化したり外食の味が家庭に入ってきていたわけで。

その次の私たち世代になると、共働きで時間がないけど家庭料理のハードルは上がった状態で、なおかつ健康も気にしないといけないし、外食の贅沢な味も知ってしまっている。だからおいしくて健康で手軽で楽しくて…って、欲張りだけど全部必要な時代なんですよね。私自身も全部欲しいからこそ、どのニーズも満たせるようなちょうどいいレシピを届けたいという思いがあります。

佐藤すべてを完璧にやろうとすると生活が破綻しますよね。働きながらサスティナブルに、無理なく続けられるような「ちょうどよさ」が大切になってくるというか。

長谷川完璧で豊かすぎる食生活を求めてしまうと、疲れちゃいますよね。今の時代はあまり過度になるよりも、バランスよくいろいろな要素を集めた食事がちょうどいい気がします。お惣菜を買う日でもご飯だけは自分で炊くとか。頑張りすぎずにうまく調整できれば、心にも負担がかからないんじゃないでしょうか。

「正しい食事」みたいな固定観念に捉われず、自分なりの居心地の良さを見つけられるといいですよね。レシピも新しい技術も、どう活用してもらえるかは使う人次第で、想定とは全然違ったりもします。まずライフスタイルに合うことが大事で、それが身体と心の健康につながる。例えば身近なところでいうと、電動歯ブラシのように、「私はエレキソルト派」のような感じで、選択肢のひとつとして広がっていけばおもしろそうです。

佐藤どの時代においても“食を通じた楽しさ”という価値は普遍的なもの。食を取り巻く業界ではこれから新しいフードテックやエッセンスがどんどん登場すると思いますが、そういうものによってお客さまの食の楽しみと健康のサポートができたらいいなと思っています。

エレキソルトなどの新しい技術も自分に合うと思ったら取り入れていただいて、たくさんの選択肢のひとつになれたら嬉しいですね。

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