発酵っておもしろい。発酵デザイナー・小倉ヒラクが見つめる 発酵カルチャーの今

発酵デザイナー / 小倉ヒラク

#発酵を考える

#インタビュー

近年、幅広い世代から注目を集める“発酵”というキーワード。関心が持たれる理由はさまざまだが、「健康にいい」「美味しい」といったイメージから、生活に取り入れる人が多いのではないだろうか。
しかし、発酵はそうした実利的な面だけでなく、私たち人間の歴史や文化を紐解く上で、非常に興味深い発見をもたらしてくれる。現在、そんな発酵カルチャーの第一線をひた走るのが、「発酵デザイナー」というユニークな肩書で活躍する小倉ヒラクさん。オーナーを務めるショップ&レストラン「発酵デパートメント」を舞台に、伝統をユースカルチャーとして再定義し、発酵ファンの裾野を広げ続けている。現代社会との関係性を軸に、なぜ今“発酵”に世の関心が集まっているのか、その理由を紐解いてもらった。

小倉ヒラク

発酵デザイナー

東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。「手前みそのうた」でグッドデザイン賞2014を受賞。

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発酵食で体調不良を改善。デザイナーから「“発酵”デザイナー」へ

あらためて、小倉さんが“発酵”に関心を持ったきっかけを教えてください。

小倉20代半ばの頃、スキンケア会社を経てデザイナーとして独立した僕は、若さにかまけて夜遅くまで働き、そのまま友だちと遊びに行って…みたいな毎日を繰り返していました。そしたら案の定、体調を崩してしまったんですね。

そんな折に出会ったのが、発酵学のパイオニアである小泉武夫先生でした。前の会社の同僚に山梨の老舗味噌屋「五味醤油」の娘さんがいて、彼女の大学の恩師が小泉先生だったんです。先生は、初対面の僕を見るなり「君は生まれつき体が弱い。免疫疾患だな」と断言されました。実際、それは当たっていて、長年アトピーや喘息に悩まされていたんです。先生はさらに、「味噌汁を飲んで、漬物を食べなさい」とアドバイスしてくれました。

正直、それまで食にはあまり関心がなかったのですが、せっかくの機会なので「ご飯+お味噌汁+納豆+漬物」に朝ごはんを変えてみたら、確かにちょっとずつ体調が良くなっていったんです。もちろん発酵食品は万能の薬というわけではないんですけど、少なくとも僕の体質には合っていて、基礎体力が付いたのを実感しました。それをきっかけに発酵の力に興味を持ち、先生の本を読んだり、自分で味噌を仕込んでみたりするようになっていきました。

小倉さんは「発酵デザイナー」として活動されており、これは他に類のないユニークな肩書です。デザイナーという職業に“発酵”という冠を加えたのはなぜだったのでしょうか。

小倉その元同僚の実家の「五味醤油」の味噌のパッケージデザインを頼まれたのがきっかけです。味噌蔵を訪れた時に、なんというか、天啓を受けたような感じがあったんです。「お前は発酵でやっていけ」と。

そして、結果的に新パッケージの味噌は大ヒット。さらには、その味噌屋さんと組んで、DIYの味噌作りを今の世の中に広めようと「手前みそのうた」というアニメを自主制作したら、これが店の地元である山梨で大ヒット。さらには全国へと広がっていき、学校の食育の授業で使われたり、NHKで何度も取り上げられたりしました。そんなこんなで、いつしか「なにやら発酵に詳しいデザイナーがいるみたいだぞ」という噂が広がり、気付いたら発酵関係の仕事がどんどん舞い込むようになっていました。これは、普通にデザイナーをやっている場合じゃないぞ、発酵を専門にすべきだろ、と。

そして、「もう発酵以外の仕事はしない」と決めて、現在の肩書である「発酵デザイナー」を名乗るようになりました。そして、より発酵について学びを深めるため、東京農業大学に入学。さらにパワーアップした状態でカムバックし、現在に至ります。

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専門店「発酵デパートメント」をオープン。しかし、新型コロナウイルスの流行で……

小倉さんは、デザインを媒介にして、世の中に“発酵”の面白さ、素晴らしさを伝え広めるお仕事をされているわけですが、2020年にオープンした「発酵デパートメント」は現在、その新たなハブとして大きな存在感を放っていますね。たくさんの発酵商品を取り扱うショップと、レストランスペースから成るこのお店をオープンされた経緯を教えてください。

小倉2019年に渋谷ヒカリエ内「d47 MUSEUM」で開催した「Fermentation Tourism Nippon ~発酵から再発見する日本の旅~」という展覧会のショップがきっかけでした。わずか5坪のスペースにもかかわらず、会期中に販売した発酵商品が2千万円近い売り上げを記録する大盛況で。それをご覧になられた下北沢の複合施設「BONUS TRACK」の開発部長さんに、「発酵食品のお店をやりませんか」と熱心に口説かれたんです。

でも、お店をやった経験などないので、最初は「ご冗談でしょ」みたいな感じだったんですが、5坪ほどの小さなお店です、という話だったので、それなら展覧会の時と一緒だから何とかなるかな、と。

でも、現在のお店はぜんぜん5坪じゃないですよね。レストランスペースもありますし。

小倉そうなんです。紆余曲折あり、当初の7倍くらいの規模のお店をやることになってしまいまして(苦笑)。それならいっそ、日本全国の発酵食品を徹底的に集めて「世界最強の発酵の店にするぞ!」と、より攻めたコンセプトに切り替えました。現在うちで取り扱っている発酵商品は、おおよそ500品ほど。しかも、9割はマイナーな存在です。「誰得なのこれ?」みたいな感じなんですけど、そういうある種の「過剰さ」がカルチャーを作っていくと信じているので、「やっちゃおう!」と。

オープンしてみて、お客さんの反応はいかがでしたか。

小倉それが、オープンした2020年は新型コロナウイルスの流行し出した年で、オープンして2~3日後に緊急事態宣言が出るという、商売的には地獄のようなタイミングだったんです。本来、商業施設のオープン直後って最強のボーナスタイムで、一番お客さんが入るはずなんですけど、最初の2週間くらいは、ほぼ無人に近い閑散っぷりで。当初思い描いていたビジネスプランでは、小売で賄うのは現実的に難しいので、飲食の方の売り上げがあってぼちぼち、という想定だったのですが、そちらはクローズせざるを得ないし、そもそも人が来ないので、正直なところ「詰んだ…」という感じでした。

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鍵は「伝統」と「マイペース」。人が発酵にハマる理由

でも、発酵デパートメントは、現在お客さんの絶えない人気店ですよね。浮上するきっかけは何だったんでしょうか。

小倉最悪のスタートでしたが、なぜか、ある時から急に人が来てくれるようになったんですよね。で、そのタイミングって何だったかというと、ステイホームの推奨によって自炊を始めた人たちが、自分の料理に飽き出した時だったんです。

なるほど、自炊のテコ入れに、新たな調味料に頼った、と。

小倉その通りです。料理の腕前を急に上げるのは難しいけれど、調味料ならすぐ買えて、料理のレパートリーやバリエーションを簡単に増やすことができます。最初は、近所の人たちが「面白い調味料を売っている店があるよ」みたいに知り合いを連れてきてくれて、その頃はお店も暇だったから、僕も積極的に商品の使い方を店頭で説明したりしていました。そしたら、どんどん口コミで噂が広がっていき、徐々に客足も伸びていきました。

その後、メディアなどでも取り上げていただきましたけど、そこからバズることはそんなにありませんでした。広まり方としては草の根的な方向に向いているというか、やっぱりジワジワなんですよね。発酵だけに(笑)。

発酵は1日にして成らず、じゃないですけど、ちょっとずつ進行するものですもんね。発酵にハマる人というのは、小倉さんの見てきた中で、何か傾向みたいなものがあったりしましたか?

小倉腸活したいとか、美容にいいとか、毎日の食事に発酵食を取り入れて健康に、といった意識を持った人たちというのが、一般的だと思います。加えて、近年の傾向としては、自分なりのアイデンティティを持って生きていきたいけど、人と競争はしたくない、というスタンスの人が多い印象があります。

発酵は長い年月をかけて作り上げてこられた「伝統」にしっかりと紐付いていますし、マイペースに楽しめるものでもある。競争とは違う形で、自分自身のアイデンティティを見つめる、よいきっかけになっているのではないでしょうか。

さらに言えば、彼らは、自分が所属する社会やコミュニティにコミットして、そこにある課題を解決したい、という欲求も持っています。好奇心に加え、ある種の責任感を持ちながら、しかし「人を蹴落としてやるぜ」みたいなガツガツした感じでもなく静かに情熱を燃やしている。そういう人たちが発酵デパートメントという場所を愛してくれている、という感覚がありますね。

でも、発酵にそうした精神性を求めるのは、非常に日本的な傾向です。今、海外でも日本の発酵食が流行っていて、よくワークショップや講演に呼ばれて行くのですが、だいぶ受け止められ方が異なる印象です。

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震災、パンデミック、格差問題——社会課題が増えると、発酵のプレゼンスが高まっていく

海外では、どのような形で日本の発酵食が受容されているのでしょうか。

小倉今、圧倒的に強いのは、デンマークやスウェーデンなどの北欧を中心に、ガストロノミーの新しい方向性として“発酵”を捉える動きでしょうか。つまり、斬新で新しい料理を生み出すためのアイデアの源泉としての可能性を見ているわけですね。

先日、フランスで麹作りのワークショップをやったのですが、おしゃれな男子がいっぱい来ていて、作った麹をインスタグラムにアップしたりと、みんな超熱狂的で圧倒されました。とにかく凄まじい人気で、講演会もワークショップも1回で終わる予定だったのが、「ぜんぜん申し込めないじゃないか!」というご意見が多々あり、結局3回やることになって。

今海外では自宅でビールを醸造するホームブルーイングが文化として定着しつつあり、そうしたDIYカルチャーの延長として関心が集まっているところもあると思います。

一方で、フランスなどでは、ちょっと日本っぽい動きも見られます。つまり、「アイデンティティを持って生きていきたい」という願いの発露として、発酵へと向かう人たちが出てきた。

その理由には、日本との共通点はあるのでしょうか。

小倉はい。近年、日本で “発酵”への関心が高まった契機は大きく2回あります。それは、2011年の東日本大震災と、2020年から始まった新型コロナウイルスの流行です。つまり、世の中が未曾有の事態で混乱していて、何を拠りどころにしたらいいかが分からなくなっている中で、「自分たちの足元を見直そう」という気運が高まっていったわけです。

発酵は、これまで長い年月をかけて完成していった「伝統」の側面がある。そこに回帰することで、足元から生活を、日常を立て直そうとした。フランスには、ご存じのようにチーズやワインといった国を代表する発酵食品があります。これらは、当たり前の存在として日常に根付いていたわけですが、あらためて自分たちのアイデンティティを形成している核として見直そうというわけですね。3年前のフランスにはなかったムーブメントなので、これはコロナ以降顕著になった新しい動きと考えていいでしょう。

つまり、社会情勢を始め、その国の置かれている状況などによって発酵の受容のされ方が変わってくる、と。

小倉おそらく、現代的な社会課題の多い国や文化圏ほど、発酵のプレゼンスが高まっていくということがあるのだと思います。少し前に、『発酵食の歴史』(吉田春美訳、原書房)という著書でも知られる食のジャーナリスト、マリ=クレール・フレデリックさんと対談する機会がありました。彼女と話していて、フランスと日本はかなり似たパースペクティブでお互いの社会を見ていることが分かってきました。

例えば、日本には、都心部と地方との格差問題があります。そして、フランスも同様に中央集権的な社会なので、やはり地方の衰退が問題視されるようになってきています。そうした「この国をどうしていくべきか」みたいな議論が起こった時に出てくるのが、「その国の産業をどう考え直すか」という視点です。生産地の分布を見れば明白なように、発酵食・発酵文化の主役は地方。つまり、その国の根幹を支える産業という足元を見つめ直そうと言う時に、“発酵”は自ずと最重要ポイントの1つになってくるわけですね。

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発酵文化を若返らせるために。裾野を広げるための「大らかさ」という視点

“発酵”をカルチャーとして捉える視点を始め、小倉さんは、日本における発酵ブームを牽引する存在として今、大きな注目を集めている人物の1人です。これまでの活動を振り返って、このシーンでのご自身の果たした役割を、どのように考えていらっしゃいますか。

小倉僕がこの数年間でやってきたことについて、1つ言えることがあるとしたら、それは「発酵文化を若返らせた」ということだと思います。「発酵デパートメント」も、お客さんの多くが20、30代の若い世代です。発酵って、言ってしまえば、これまでは伝統というくくりの中で、ある程度の高齢の人たちの趣味になっていた。それをユースカルチャー的なものとして新陳代謝させたというのが、僕の主な仕事だったのではないかな、と。

当たり前のことですが、やっぱり文化というものは、若い人に手渡されないと滅んでしまいますから。だからこそ、格好良くなきゃいけないし、ワクワクするものでないといけない。つまり、みんなでシェアしたくなるものでないといけないわけです。発酵という伝統が若い世代を通過することで、新しいヒップカルチャーとして表出していくということは、未来へと伝え広めるという意味においては不可欠なことだと考えています。

僕は今、山梨に住んでいますが、ある時、地元のある方に「富士山って、なんで日本一の山か知ってる?」というクイズを出されたんです。「日本一高いからですか?」って答えたんですけど、その人曰く「違うよ、日本一裾野が広いんだ」と。それを聞いて、ハッとさせられました。富士山は、山梨県と静岡県に跨っていて、確かにその裾野は周囲に延々と広がっています。そして、これはある意味、文化というものの理想的なモデルなんじゃないかと思い至ったんです。

つまり、富士山の裾野に暮らす人々が「富士山は、私たちの住む土地の大切な一部だ」と考えて、心の拠りどころにしているのであれば、「いやいや、そこはもう富士山じゃないですよ」なんて言うのは野暮なことです。富士吉田も、忍野も、河口湖もみんな富士山でいいじゃないか、と。その大らかさが、富士山を、あの立派な富士山たらしめているのだと。そこで、「これは本物」「これは偽物」みたいな主張をしていてもつまらないんですよ。

それは発酵文化も同じで、新しいものでも、古いものでも、なんならちょっとキッチュなものとかも全部ひっくるめて「発酵って、面白いよね」という精神で、どんどん裾野を広げて行くことが大事だと考えています。そうしないと、どんどん痩せ細っていってしまいますからね。

近年“発酵”をキーワードとして掲げる商品が、さまざまなジャンルにおいて人気を博しています。あるいは、DIY的なところを入口とした、「クラフト」を名に関した商品への関心が、消費者・企業側問わず、年々高まってきているのも見て取れます。こうした状況を、小倉さんはどのようにご覧になられていますか。

小倉発酵文化の裾野が広がるきっかけの1つとして、個人的には大いに歓迎しています。そして、それは「クラフト」にも同じことが言えます。大きなメーカーが「クラフト」の領域に出てくることを疑問視する向きもありますが、そもそもの話、消費者がそこに求めているのは、本来的な意味である「手作り」「少量生産」ばかりではないと思うんです。

それよりもむしろ、「作り手の顔が見える」ということの方に安心を覚えているのではないでしょうか。それがちゃんと「伝わる」ものとして演出されているのであれば、規模感はあまり関係ないと思っています。言葉に惑わされずに、「クラフト」を求める人たちが、その言葉の奥にどんな体験や気持ちを求めているかに心を馳せることの方が重要なのではないでしょうか。そこに応えることができるなら、小さい蔵だろうが大きな蔵だろうが、グローバルメーカーだろうが関係ないですよ。その辺も、富士山ばりに大らかに、でっかくいきましょう(笑)。

  • 撮影馬場わかな
  • テキスト辻本力
  • 編集株式会社RIDE

公開日:2022年11月24日

内容、所属、役職等は公開時のものです

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