ブドウ畑が豊かな生態系を育んでいる理由
ここ椀子ヴィンヤードで、生態系調査を始めることになった経緯を伺えますか。
藤原日本ワインの造り手であるシャトー・メルシャンは、高品質なワイン用ブドウを安定して確保するために広い土地を探す中で、この地に出会ったそうです。色々と探した後、陽当たりの良さ、降水量の少なさ、排水性・通気性に優れた場所として、ここ椀子ヴィンヤードのある上田市丸子地区陣場台地にたどり着いたと聞いています。その時は農業をやめて放置されていた遊休荒廃地になっていたそうですが、地元の方々の協力を得ながら、ブドウ畑へと転換し、2003年に開場したそうです。
2010年に、名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されたことを契機として、キリングループは「生物多様性保全宣言」を発表し、お酒や飲料の原料である農産物の生産地における生態系リスク評価と対応を始めていました。ちょうど、日本ワインの市場が拡大し、椀子ヴィンヤードなど日本のブドウ畑を広げるという話になったことから、遊休荒廃地を畑にすることが、環境に悪い影響を与えていないかどうか調べようということになりました。私たちは専門的な知識も経験もありませんでしたので、農研機構の先生方の協力を得て、まずは椀子ヴィンヤードを見てもらうことから始めました。
2014年の秋に、農研機構の先生方を椀子ヴィンヤードにお連れした時のことは鮮明に覚えています。上田駅からタクシーに乗って、田園を抜けて陣場台地を上り左手に椀子ヴィンヤードが見えてきた瞬間、隣に乗っていた先生が突然話しかけてきたんです。
「ここはすごい。調べれば絶対に希少種などの生き物が見つかると思いますよ」。
そう突然言われ、大変に驚いたことを覚えています。
ちゃんとした形で調査したほうが良い、という先生方からのアドバイスもあり、2015年から農研機構とキリングループの共同研究という形で、生態系の調査をはじめました。当初は、「ブドウ畑に開場することで環境に悪影響がないか」という懸念からスタートしたのですが、2015年に昆虫の研究者が調査をすると、環境省のレッドリストに掲載されている希少種が見つかったり、2016年に植生調査を行った際には植物についても希少種が見つかったりと私たちも大変に驚きました。
最初はただ驚くばかりだったのですが、調査を進めていくと、実は遊休荒廃地を日本ワインのブドウ畑にすることが生態系を豊かにするということが徐々にわかってきました。
素朴に考えると、自然な状態……つまり、放置されたままの土地のほうが、生態系が保たれていそうなイメージもあるのですが、むしろ人の手が入ったほうが活性化する、ということでしょうか?
楠本まず、自然と一口に言っても、大きく分けて2種類あるのです。1つめが「原生自然」。人間の手が一切入っていない、手つかずの自然です。でも、そういうところは、日本の国土には僅かに9%ほどしかありません。その他の、国土の80%くらいを占めるのが、2つめの「二次的自然」なのです。
後者は田や畑、果樹園など、主に農業により、人の手でつくり上げてきた身近な自然が「二次的自然」です。他には新宿御苑などの都市域につくられた公園などもそうですし、ヴィンヤードも、ここに含まれます。こういった人工的な自然は新しいもののようにも見えますが、人間の歩みと歩を揃えるように発展してきたわけで、特に農業に伴う二次的自然は数千年以上の歴史があるのです。みなさんがイメージする身近な「自然」は、いわゆる「里地里山」だと思いますが、まさにこれが二次的自然なのです。