コロナ禍で考える「ビールの価値」。元KIRIN社員のしりあがり寿が語る

  • Illustration : しりあがり寿
  • Photo : 豊島望
  • Text : 辻本力
  • Edit : 服部桃子(CINRA)

幅広い作風と尽きせぬアイデアでマンガ界の最前線を走り続けるしりあがり寿氏。いまやこの道の大家だが、じつは大学卒業後、キリンの社員としてマーケティングを担当していた過去がある。そんなしりあがり寿氏が在職中に手掛けた商品の一つ、「ハートランドビール」。1986年の誕生以来ロングセラーを続ける「特別な」ビールが模索した新しい価値とは?

INDEX

  1. 人はみずから気づいたことに価値を置く。ハートランドの戦略
  2. 1980年代に求められた「本質的な価値」とは?
  3. ビールを介したネットワークを。「ビアホールハートランド」の誕生
  4. アーティストのライブや聖歌隊のサプライズ登場。「特別感」を追求したビアホール
  5. ビールのベネフィットのひとつは、「心を開かせる」こと。その核心をハートランドは突いている
  6. 変わらず愛されるモノの共通点は「ロマンがあること」

しりあがり寿マンガ家

1981年、多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後、キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝などを担当。1985年単行本『エレキな春』でデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。1994年に独立し、その後は幻想的あるいは文学的な作品などを次々に発表。新聞の風刺4コママンガから長編ストーリーマンガ、アンダーグラウンドマンガなどさまざまなジャンルで活動を続けるほか、映像、現代アートなど多方面で活躍している。

人はみずから気づいたことに価値を置く。ハートランドの戦略

1981年に新卒でキリンに入社し、マーケティング部門に配属されたしりあがり寿氏。彼が新ビールブランド「ハートランド」のチームへと誘われたのは、発売の前年である1985年のことだったという。

しりあがり:部署の片隅に小さなチームができて「何やるのかな?」と思っていたら、ちょっと変わったビールの新ブランドをつくるらしい、と。その頃のぼくはといえば、会社員とマンガ家の二足の草鞋生活をしていて、ちょうど初の単行本が出るタイミングでした。

それ以前から社内で同人誌を手売りしたりしていたので、軽くバレていたとは思うんですけど(笑)、そこで「じつは……」と上司にカミングアウトして。そんなヤツほかにいなかったので、ハートランドのチームに誘ってもらったのも、「なんか面白い奴がいるぞ」みたいな感じからだったのだと思います。

ハートランドビールとしりあがり寿氏。右は発売当時の瓶で、現在のものと異なり、手触りがボコボコとしている

チームの中枢メンバーは、前田仁氏(*1)、しりあがり寿氏を含む4名。ハートランドは、当初からほかの商品とは一線を画した特別なビールとして構想されていた。そこには、「新しい価値」への明確な意思があった。

しりあがり:よく覚えているのは、売り方の部分にすごくこだわっていたことです。前田さんたちが繰り返し言っていたのが、「このビールを大切に育てたい」ということ。つまり、「こんな新ビールを発売します!」とバーンと宣伝をして、市場に大量に流通させて、もし売れなかったら終わり、みたいな普通の売り方はしたくない、と。

前田さんはよく「awareness(「意識、気づき」の意)」という言葉を使っていました。つまり宣伝をするにも、「知らせる」のではなく、「気づいてもらう」ことを目指したんですね。ほら、人って、誰かに教えられたことよりも、自分で気づいたことのほうに価値を置くじゃないですか。いいお店とかも、自分で発見して「これは美味い!」となれば、嬉しくて他人に教えたくなるものでしょ。そうした商品をつくるために、まず最初にじっくりとブランドの価値を高め、それを伝えていくことに注力しました。

1980年代に求められた「本質的な価値」とは?

ハートランドが登場した1986年は、日本が、いわゆる「バブル景気」に突入したタイミングだった。物質的価値の追求が最高潮に達し、その反動からか、新しい生活スタイルや価値観に目覚めた消費者層が誕生していた時期である。ハートランドが購買層として注目したのは、そうした時代の先端をいく人たちだった。

しりあがり:当時、新たに生まれつつあった新しい価値観は「モノから心へ」などと呼ばれていました。つまり、権威的な評価や、表面的な流行を追うんじゃなくて、本当に心を動かす、本質的な価値を追求しよう、ということですね。

当時を思い返せば、同時代的に、そうした動きが連動して起こり始めていたんですね。他社さんが、アルコール度数の高い高品質なブレンデッドウイスキーを発売したり、日本の消費社会に対してアンチテーゼを掲げた「無印良品」に注目が集まったりしたのも1985年です。そのなかでハートランドが打ち出したコンセプトが「素(そ・もと)」。モノ本来の価値を発見しよう、というメッセージがそこには込められていました。

取材はしりあがり寿氏の仕事場にて行なった

こうして誕生したのが、当時はまだ一般的ではなかった麦芽100%、アロマホップのみを使用した生ビールである。そして、いまに至るまで変わらない、あのお馴染みの緑のエンボス瓶も。

しりあがり:ぼくは主にパッケージデザインを担当していたのですが、あの瓶のデザインに決まったときのことはよく覚えています。ニューヨーク在住のデザイナー、レイ吉村さんにお願いしたのですが、プレゼンの場にジェラルミンケースを持ってきたんです。そこから、ニューヨークの沖合に沈む沈没船から発見されたというアンティークなエンボス瓶を取り出して、「これでいきましょう」と。

あれは斬新で、衝撃的でした。というのも、当時の瓶ビールは、表面にラベルを貼るのが当たり前でしたからね。興奮冷めやらず、帰りの電車のなかで、前田さんと「いいね!すごいね!」と大声で語り合ったりして。発売前の商品でしたが、あれじゃあ、まわりにダダ漏れだったかもしれないですね(笑)。

しかし一方で、「素(そ・もと)」というコンセプトゆえに、苦労したこともあったそうだ。

しりあがり:ハートランドには短期間、じつは缶も出していた時代がありまして。ぼくがテレビCMの担当をすることになって、当時カルチャーの中心にいた広告会社と一緒にやったんですが、まあアピールすることがない。

だって、「素」で「awareness」がコンセプトなわけですから、そもそもCMをつくること自体に矛盾があるわけです。タレントも使いたくないし、「麦芽100%」とかも言いたくないし、とにかく何も言いたくない。結局、苦肉の策じゃないですけど、森のなかに缶が立っていて、そこに木漏れ日が当たっているだけの、「宣伝する気あるの?」みたいな不思議なCMになりました(笑)。

ビールを介したネットワークを。「ビアホール ハートランド」の誕生

当初から「売り方」にこだわっていたハートランドは、自信を持って送り出す「特別な」ビールを周知させる手段として、それを楽しむための「特別な」場所を求めた。

しりあがり:ハートランドの理念に共鳴してくれて、一緒にブランド力を高めていけるようなお店でハートランドをデビューさせる、というアイデアが当初からありました。それで、前田さんと一緒に横浜赤レンガ倉庫などを巡って、ブランドを誕生させ、育む場を探しました。

その後、会社の方針などもあり、テレビ番組とのタイアップ企画なども挟みつつ、1986年に「ビアホール ハートランド」という場所ができ上がるに至ります。

ビアホール ハートランドは、原酒の貯蔵庫を改装した「穴ぐら」と、大正初期に建てられた洋館「つた館」の原型を生かしてつくられたビアホールである。名前のとおり、外壁がつたで覆われた、趣のある建物だった。ハートランドを楽しみつつ、さまざまな文化の創出・発信を行ない、コミュニケーションの活性化を図る——いわば、ハートランドを介したネットワークの中心地として期間限定でオープンし、1990年のクローズまでに、じつに56万人が訪れた。

しりあがり:現在代官山、京都にある、キリンのクラフトビールに特化したレストラン施設「SPRING VALLEY BREWERY」の発想に近いと思います。でも、「ビール会社が自社のビールを味わってもらうために専門の場所をつくる」というのは、当時はまだ珍しい試みでした。

ビアホールハートランド(つた館)の外観

しりあがり:「お酒を飲む場所」というものを考えると、大きく二つに分かれると思います。一つは、バーのような内省的に飲む場所。そしてもう一つは、みんなでワイワイと飲む場所。どちらにも、それぞれの楽しさがある。

だから、ビアホール ハートランドにも、二つの空間が用意されました。元ウイスキー貯蔵庫だった地下の部屋を改築してつくられた「穴ぐら」エリアでは、ひそやかな雰囲気のある空間で、1人ないしは少人数で静かにお酒を楽しむ。そして、建物のメイン部分である「つた館」では、開放的な雰囲気のなか、みんなで楽しく飲む。ビールを飲むうえでの日常と特別な日が同居する場所、それがビアホール ハートランドでした。

ビアホールハートランド(つた館)店内
「穴ぐら」店内

アーティストのライブや聖歌隊のサプライズ登場。「特別感」を追求したビアホール

ビアホール ハートランドには、ある種の「文化装置」としての機能も内包・期待されていた。「ハートランド・ギャラリー」と銘打ち、さまざまなアート企画展が催されたり、「ハートランド・ライブ・シリーズ」として、音楽アーティストによるライブパフォーマンスが開かれたりした。

しりあがり:お笑いや民謡音楽のような演目など、何が飛び出てくるかわからないサプライズ的な空間だったんですよ。あるクリスマスの夜、ぼくが飲みに行ったら、つた館の2階の吹き抜けになっているところに突然聖歌隊の人たちが出てきて、聖歌の合唱が始まった。なんだか急に厳粛な雰囲気になっちゃって、ぼくも「こんなところでビールを飲んでいていいのだろうか?」「家族を大切にしないと」なんて殊勝なことばかり頭に浮かんできて、飲むどころじゃなくなってしまった(笑)。

ぼくが関わった企画で、特に思い出に残っているのは、1988年に行なった「ハートランド ビアジャングル」でしょうか。ビアホールの外側、つまり自然のたくさんある庭園にはみ出すかたちで座席を設け、お客さんにハートランドと魅力的なパフォーマンスを楽しんでもらう、というコンセプトでした。普段とは違う環境で飲むのって、ビールを何倍も美味しくするじゃないですか。

「やっぱりビールは、賑わっていて、雰囲気も華やかな場所で飲むのが一番好き」と語るビール愛好家のしりあがり寿氏に、こうした「祭り」のポスタービジュアルやコピーの仕事が回ってきたのもむべなるかな、である。

しりあがり:懐かしいなあ。ビアジャングルのポスターは、キャッチコピーやイラストなどをぼくがつくったんですけど、関わった人たちに自分の似顔絵を直接描き込んでもらうなど、いろいろ遊びも盛り込みました。会社の優しさか、かなり自由にやらせてもらって楽しかったですね。

「ハートランド ビアジャングル」のポスター
プロジェクトに関わった人が描いた似顔絵

しりあがり:そうそう、ビアジャングルのポスター・デザインは、友人のブックデザイナー、祖父江慎さんにお願いしたんですけど、これが超複雑なデザインになってしまって大変だったんですよ。昔はいまみたいにデータ入稿とかじゃなかったから、5色使うなら5色分の、つまり5枚分の指示を書かなくちゃいけなくて、あまりの煩雑さに印刷会社の営業さんがお手上げ状態になってしまった。

でも、その会社になんとかやれそうなベテランがいるというから、入稿のために工場まで行ったんですよね。すごく広い部屋で、ぼくらキリンの人間と印刷会社の営業の人たちが眺めるなか、祖父江さんと製版の責任者の人がなにやら複雑なことを話し合っている姿が逆光に照らされていて、やたらドラマチックに見えたのを覚えています。

ビールのベネフィットのひとつは、「心を開かせる」こと。その核心をハートランドは突いている

ハートランドが追求したコンセプトである「素(そ・もと)」には、そこに行き着くまでの議論のなかで浮かび上がってきた、5つの時代予想があったという。そして、そこで可視化された「これから」のかたちは、2020年代の日本が抱える諸問題にも通ずる内容であり、とても30年以上も前につくられたとは思えない。

5つのうちひとつ例を紹介すると、例えば「たくさんの情報が溢れるなかで、主体的、自発的に能動的な情報の判断が求められるようになる(下記 2.)は、「バズる」ことが偏重され、虚実入り混じる情報に溢れるSNS以降のインターネット世界にあって、求められている姿勢そのものだ。

<5つの時代予想>

  1. 個としての確立を目指す時代
  2. 能動的な情報判断を目指す時代
  3. 人間の感性を再開発する時代
  4. 新しい本物が求められる時代
  5. Less is moreの時代

しりあがり:知らず知らずのうちに、普遍的な問題にアプローチしていたのかもしれませんね。ビールって、つまりは「お酒」じゃないですか。お酒の良さは、嘘をなくし、元の自分の姿に戻れるというところもあると思うんです。もちろんなかには、その姿があまり褒められたものじゃない人もいるかもしれませんが(笑)。

でもさ、「この人は飲んでるから仕方ないな」みたいな心の余裕を生むのも、またお酒だったりする。お互いに、素の姿をさらすことが許される場を、お酒がつくるというか。そういう部分は、時代が変わっても、そんなに変わらないんじゃないでしょうか。

そうした、お酒の持つ根源的な魅力を内包しているのがハートランドなのだとしたら、拠点であったビアホール ハートランドという場所の消滅から30年以上経ったいまでも、変わらず愛され続ける理由が見えてくるかもしれない。

しりあがり:やはり、ビールのベネフィットのひとつである、「心を開かせる」みたいなものの核心を突いたことが、ハートランドがロングセラーとなっている理由のひとつではないでしょうか。

ただ一緒にアルコールを飲んだだけでは、心は開かないでしょ。でも、おいしいお酒を、楽しいお酒を飲んだら、本音を言いたくなるじゃないですか。素の自分に戻って人と接して、受け入れてもらう——。そしたら、本当にそうかはわからないけれど、少なくともそのときは、酒を酌み交わした相手と互いにわかり合えたような気になれる。その魔法みたいな時間こそが、お酒の、ビールのベネフィットだとぼくは思うんですよね。

変わらず愛されるモノの共通点は「ロマンがあること」

「心を開かせるためのビール」としての“ハート”ランドは、静かな存在感を放ちながら、今日も日本全国で栓を開けられている。しかし、現在はコロナ禍にあり、かつてのようなお酒の楽しみ方も難しくなっている。

しりあがり:こんなにもお酒を飲むことに逆風が吹く時代になるとは思いもしませんでしたよね。大勢でワイワイやるのも難しいし、デカイ声も出せなくなってしまった。でも、コロナが終息したら、かつてのお酒文化も戻ってくると思いますよ。もちろんビールも再び大活躍するんじゃないかな。

いまの日本には、理想や野望、大言壮語を言い合ったりすることが、もっと必要だと思うんです。で、そういう場所に、ビールはすごくよく似合う。いまは出番が少ないけれど、これからがビールの時代なのかもしれませんよ。

「これは個人的な意見なんだけどさ」と前置きをしながら、しりあがり寿氏は語る。「最近、お酒から『ロマン』の要素が薄くなっているような気がして、それがちょっと寂しいんですよね」。そして、ハートランドをつくっていたとき、とあるデザイナーが提案した、新しいビールブランドの話をしてくれた。

しりあがり:その人が提案したのは、「サスカッチ」という名前のビールでした。サスカッチというのは、いわゆる雪男とかビッグフット、つまりでっかい未確認生物のことですね。ビールのラベルに、その雪男がプリントされているわけ。

その話を聞いて、なんだか飲んでいる状況が目に浮かんできたんですよね。一人キャンプをしていて、焚き火を前にビールを飲んでいる。ふと目を上げると、でっかい雪男が立ってこっちを見ている——。すごいロマンがあるな、そういうビールのブランドがあったら素敵だな、って。結局実現はしませんでしたけど。

社会全体が大変で、苦しい時代だからこそ、お酒が、ビールが持つロマンみたいなものも、もっと大事にされてほしい。キリンビールのモチーフになっている麒麟だって、吉兆をもたらす伝説の生き物だったりするわけじゃないですか。夢がありますよね。ハートランドも、名前からしてロマンチックでしょ。変わらず愛されるモノって、そうした憧れを抱かせ続けてくれるから、そういう存在になれたんじゃないかなって思いますね。

参考:
*1 前田仁 1973年麒麟麦酒(現キリンホールディングス)入社。大阪支社営業を経て、マーケティングを担当し、ハートランドビール、キリン一番搾り生ビール、麒麟淡麗〈生〉、氷結などのヒット商品の開発を行った。2007年キリンホールディングス常務執行役員、メルシャン代表取締役専務執行役員、2009年キリンビバレッジ代表取締役社長を歴任し、2012年退社。2020年逝去。

公開日:2021年10月27日

※内容、所属、役職等は公開時のものです

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