ハートランドのボトルをデザインしたレイ吉村が語る、長く愛されるデザイン

デザイナー / レイ吉村

マンガ家 / しりあがり寿

公開日:2023年07月07日

内容、所属、役職等は公開時のものです

1986年の発売開始以来、根強い人気を誇るキリンのロングセラー『ハートランドビール』 (以下、ハートランド)。今回は、そのデザインを担当した伝説のデザイナー・レイ吉村氏と、当時キリンの社員としてマーケティングを担当していたマンガ家・しりあがり寿氏との奇跡の対談が実現。ハートランドに魅入られて日々ビールを開け続ける東京・湯島の酒場「シンスケ」を舞台に繰り広げられた思い出話には、「良いデザインとは?」「長く愛される商品とは?」という問いをめぐる、含蓄と示唆に満ちた言葉の数々が輝いていた。

レイ吉村

デザイナー

1939年生まれ。大学卒業後の1962年夏、22歳で留学のため渡米。アートセンタースクール卒業後に世界的に注目されていたニューヨークの大手マーケティング会社のリッピンコット&マーギュリー社に入社。デザインディレクターとして関わった。当時4大自動車メーカーの一角だったアメリカン・モーター社のCIプロジェクトでUSベストデザインアワードを受賞するなど実績を積み、1972年独立。Rei Yoshimura Design ,Inc.を設立。
日本ではマツダ、ダイエー、資生堂、東京都など多くの起業のCIプロジェクや製品ブランドデザインに関わる。

しりあがり寿

マンガ家

1981年、多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後、キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝などを担当。1985年単行本『エレキな春』でデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。1994年に独立し、その後は幻想的あるいは文学的な作品などを次々に発表。新聞の風刺4コママンガから長編ストーリーマンガ、アンダーグラウンドマンガなどさまざまなジャンルで活動を続けるほか、映像、現代アートなど多方面で活躍している。

01

本質的な価値を追求したビール『ハートランド』誕生前夜

レイ久しぶりだねぇ!

しりあがりレイさん、大変ご無沙汰しています。お目にかかるのは30年以上振りですけど、お世辞抜きに、変わらないですね。お元気そうで嬉しいです。

本日は、1986年の販売開始以来、根強い人気を誇るキリンのビール『ハートランド』誕生当時のことを振り返っていただきつつ、長年人を惹きつける商品やデザインとはどんなものなのか、お2人の考えを伺っていければと思います。

しりあがり僕はマンガ家になる以前、キリンの社員として商品のマーケティングを担当していました。新ビールブランドの立ち上げの際に、当時は清涼飲料企画担当だった前田仁さん、課長代理だった上村修二さんを中心とするチームに声をかけてもらって、のちに『ハートランド』と命名されるビールに関わることになりました。

コロナ禍で考える「ビールの価値」。元KIRIN社員のしりあがり寿が語る

レイ僕は、ニューヨークを拠点にしていて、『ハートランド』以前に、キリンでは『マインブロイ』(1976〜91年)と『ライトビール』(1980〜1999年)という2つのビールのデザインを担当していました。そのご縁で声をかけて頂いた形ですね。

しりあがり健康志向の方が求めるローカロリー系のビールの先駆けとなったライトビールは、デザインがすごく洒落ていて、僕ら若手の中では、一種の「伝説」になっていたんですよ。だから、レイさんが『ハートランド』のチームに加わると聞いた時には、それは興奮したものです。

レイ上村さんには、国内ビール4社に次ぐ「5番目のビールメーカー」になるぐらいの気持ちでやりたいんだ、と言われて、すごく気合の入った企画なんだなと背筋が伸びる思いでした。加えて、前田さんから聞いた商品コンセプトが、たった一文字「素(そ)」だったのにも驚かされました。

しりあがり当時は、日本がバブル景気に突入し始めた頃で、物質的価値の追求が最高潮に達していたんですよね。その揺り戻しもあり、本当に心を動かす本質的な価値を追求しよう、という機運が高まりつつあった。これから手掛ける新ビールのブランドにも、モノ本来の価値に重点を置きたい——すなわち、「素」の部分を大切にしたい、という想いが込められていました。

レイ商品の開発コンセプトって、ついいろいろ説明や注文をしたくなって、長々としたものになりがちなんですよね。ここまで潔いものは、それまでも、それからも見たことがありません。正直、最初は「えっ、それだけ?」って戸惑いの方が大きかったですけど、これが後からじわじわと効いてきた。デザインの方向性を考えていく上でも、この拠り所となる「言葉」があったからこそ、先に進むことができたなと思います。

02

イメージは「沈没船から発見された古いガラス瓶」。ダイビングをきっかけに生まれたデザイン

デザインに関しては、どこから着手されたのでしょうか?

レイまずはネーミングですね。ニューヨークのネーミング専門家を交えて、150案くらい候補を考えて来日したのですが、最終的にキリンサイドからの提案で『ハートランド』となりました。自分のところのアイデアが採用されなかったのは少し残念でしたけど、アメリカ中西部に広がる穀倉地帯のことを指す言葉で、響きもいい。ビールの名前にぴったりだし、日本人に馴染みやすい良い名前だなと思ったので、異論はありませんでした。

名前が決まったことで、『ハートランド』を象徴し、その心が宿るイメージは何かと考えました。それで、僕が兄弟のように長年仲良くしていた絵描きのラジャー・ネルソンに依頼して、彼の故郷(ミネソタ州西部)にある風景をもとに、ダイナミックな大地と「樹」を描いてもらったんです。

しりあがり『ハートランド』の瓶に描かれた、お馴染みの樹のイラストです。「アメリカ中西部に広がる穀倉地帯」というイメージにぴったりだなと思いました。

レイ僕も、彼の故郷に行ったことが何度かあるんですけど、麦や大豆、コーンの広大な畑がうねるように広がっていて、その中に、大きな樫の木がどんっと根を張っている風景に感動しました。すごく大きいから、樹の下の日陰で、畑仕事をしている人たちが休憩をするんですよ。その涼しげな様子が、冷たいビールの持つイメージとぴったりだな、って。

そして『ハートランド』といえば、やはり、あのグリーンのエンボス瓶が印象的ですが、以前しりあがりさんに取材をさせていただいた際、レイさんのプレゼンテーションに衝撃を受けたとおっしゃっていましたね。

当時のお写真。沈没船から引き上げられた瓶

しりあがり会議室で、いきなりレイさんがニューヨークから持って来たジュラルミンケースからアンティークのエンボス瓶を取り出して、「ニューヨークの沖合に沈む古い沈没船から発見された瓶です。これで考えていきましょう」と。プレゼンって、たいていスライドを見せたりしながら「これこれこういうわけで〜」とやるのが普通だったので、意表を突かれましたね。

レイ最初は、普通に紙のラベルでデザインを提案していたんです。キリンでのプレゼンテーションの後にニューヨークに帰って、ある日、僕の作品をいつも撮影してくれている写真家の友人と一緒にダイビングに行ったんです。で、帰りに寄った船長の家で目が留まったのが、アンティークの古いエンボス瓶でした。1700年代頃、ヨーロッパからアメリカ大陸に移民する多くの人たちの生活用品の中にあったもので、当時は印刷技術がなかったから、瓶に内容物を表示するにはガラスの上に直接凹凸のエンボス加工するしかなかった。そのプリミティブで素朴な自然のままの美しい姿と「素」というテーマが合致して、衝動的に「これだ!」って。

03

大絶賛!しかし…!グリーンのエンボス瓶が直面した、さまざまな課題

レイでも、このアイデアは、すんなり受け入れられたわけではありませんでした。前田さんも興味を持ってくださって、大絶賛だったのですが、同時に「うーん…でもこれ、今すぐ返事はできないよ」と言われてしまって。

しりあがりなんて斬新な!と僕も大興奮でした。でも、あのボトルには、実はクリアしなければならない課題がいくつもあったんです。最大の問題点は、グリーンのボトルが日光を通してしまい、ビールの品質に影響を与えてしまうことでした。

レイそんな中で最初の試し瓶は、キリンラガーなどと同じ茶色の瓶にエンボス加工したんですよね。でも、それだと、『ハートランド』の樹がなんだか枯れ木みたいに見えてしまって…(苦笑)。

しりあがりでも最終的に、製瓶メーカーの山村硝子さんの技術者が頑張ってくれて、色素の配合を変えた、『ハートランド』用のガラスを作ってくれたので、ビールの品質面もクリアすることができました。それから、レイさんから最初にご提案いただいた瓶は、形も従来の日本のビールとは違っていて、すごく格好良かった。でも、とある事情から改良を余儀なくされてしまって。

レイ最初のプランでは、首の部分がもっと長かったんですよね。アメリカでは一般的な、ロングネックと言われている形の瓶です。容量は500mlですが、ラッパ飲みをするのにぴったり。僕は海が好きだから、ビーチで歩きながら飲むとサマになる、そんな形をイメージしていたんです。

しりあがりでも、工場の方から「これじゃ、瓶の中の洗浄が難しい」と言われてしまった。ビール瓶は、回収後に洗浄して再利用するのが基本です。洗浄は工場で行われるのですが、この形だと通常のラインに乗せられなかったんですよ。

レイでも、今の瓶の形も原型に近くて好きですよ。特に小瓶はいいですね。あ、それで思い出した。かつて六本木ヒルズにあった「HEARTLAND」(2003〜14年)には、『ハートランド』の瓶を立ち飲みしながら内外の人たちが談笑している風景があって、すごく嬉しかったな。楽しく語り合いながら瓶やグラスを傾ける—そんな素晴らしい空気があの店にはあった。ビールを間に挟んだコミュニケーションの在り方こそが、僕が『ハートランド』に求めていたものだったから。

04

『ハートランド』に見る、長く愛されるデザインの本質

『ハートランド』は、1986年の発売以来、大きな宣伝を打つこともなく、発信の場でもあったビアホールも閉館して30年以上経ちます。にもかかわらず、新旧の熱心なファンに支えられ、その裾野はいまだに広がり続けています。この商品が、ここまで愛される存在となったのはなぜだと思いますか?

しりあがり作り手のこだわりが強くて、かなりユニークな商品なのにね。しかも、ほぼ宣伝もしていないことを考えると、やはりボトルデザインとコンセプトの強さが大きいんじゃないでしょうか。

レイあまり押し付ける感じがないのも良かったのかもしれない。最初から、「お客さまに発見してもらえるようなビールにしよう」というコンセプトをチーム内で共有していましたものね。

しりあがりそうですね。前田さんはよく「awareness(「意識、気づき」の意)」という言葉を使っていました。人は、誰かに教えられたことよりも、自分で発見したことのほうに価値を置くじゃないですか。そうすると、自然と人に教えたくなるものですからね。

レイ消費者もみんなそれぞれ自分なりの価値観を持ってるわけで、表面的なところで終わらず、心の中にある大切な部分に触れる何かが、『ハートランド』にはあったのでしょう。そしてそれは、やはり「素」というコンセプトにつながっているのでは。うまく表現できないのがもどかしいけど、「素朴」さとか「普遍」みたいな、人の根源的なところに訴えかける魅力があったのは確かだと思います。

HEARTLAND のアートプロジェクト2017として企画された『JOURNEY AROUND HEARTLAND』の画集を手に取るレイさん。今も愛される『ハートランド』の一端に触れ、思わず涙ぐむ場面も。

レイさんは、普段お仕事をする中で、「長く愛されるようなデザインに」ということは、どの程度意識されるのでしょうか?

レイ「愛されよう」とか考える以前に、まず自分がデザインをする対象の持つ世界観にどこまで入っていけるか、そして、その答えを出せるかどうか、という不安が大きいですね。ビールのラベルにせよ、企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)にせよ、自分自身からどんな答えやアイデアが出てくるのか最初はまったく分からない。宇宙の真ん中に一人ポンっと置かれているような気持ちになるんです。怖いんですよ。
でも、仕事としてお金を頂いて受けるわけだし、どこかで覚悟を決めなければならない。僕は大きなプロジェクトが始まると、カリブ海とか海に行きたくなるんです。空があって、海があって、水平線があって—そんな単純な広がりのある風景を眺めながら自問自答を繰り返すことで、だんだんと霧が晴れてくるんです。

しりあがりレイさんはロマンチストですよね。『ハートランド』以前の僕は、デザインや広告というのは、どちらかというと客観的に理屈を組み立てていくものであって、個人の価値観は避けるものだと思っていた。でも、レイさんは大きく違っていて、ただコンセプトを絵解きするのではなく、そこにしっかりと「これが美しいと思う」という、自分の価値観を乗っけてくる。「沈没船から発見された瓶」というアイデアなんて、その最たるものではないでしょうか。そうした在り方が、「長く愛されるビール」こと『ハートランド』に与えた影響は大きいと思いますね。

05

良い商品を生み出すのは良いチーム。過剰な熱意が、人を、会社を、社会を動かす

レイそんなふうに言ってもらえて嬉しいです。でも、同時にこうも思うんですよね。もちろん自分の価値観も大事なんですけれど、それ以上に「クライアントがどう思っているか」という視点が、この仕事をするうえでは欠かせないな、って。例えば、僕がこれまで手がけてきたCIのデザインなんて、企業を象徴するシンボルを変えてしまうわけだから責任重大だし、やるにはトップの考え抜きには進められません。また、何かを大きく変えるような時って、社内に反対する勢力というのが必ず出てくる。そして、それはそれで、その人なりの会社への想いの表れなわけだから、やはり無視はできません。

じゃあどうするかと言うと、僕はデザイン以前の事として、まず社内のインタビューからはじめるんです。若手、中堅、役員、最後は社長と会長といった具合に。で、上の方の人に進むに従って、会議室内の堅い話になりがちなんですよね。でも、信頼し合うには、本音で語り合って、お互いのことを知り合う必要がある。だから、時にはビールなんかを入れながら気軽に話し合う時間を作ってもらったりするわけです。そうすると、創業者や社長クラスなら「どうして会社を起こしたのか」とか「創業時にこんな苦労があって…」みたいなエピソードが見えてくる。あるいは若手や中堅なら、会社の未来にどんな希望を見ているのかが垣間見えたりする。僕は、そうしたやり取りを経て得たキーワードを一つひとつ小さな紙に書きつけていって、それらを整理していく中で具体的なデザインの方向性が見えてくることが多いです。
つまり、デザインは人とのコミュニケーションの先にしかない、という実感があるんですね。そういう意味では、デザインにとって大事なのは、「人の声」やその奥にある「言葉」なのだと思います。それがきちんと裏付けになっていると、よいデザインが生まれる。そういう過程を抜きに、机上で表面的に格好いいものを考えても、迫力のある、説得力のあるデザインなんて生まれませんからね。

では、良いデザインを包括した「良い商品」という観点から見ると、それが生まれる背景にはどんな要素が必要だと思いますか?

しりあがり僕がキリンで働いてきた中で強く実感したのは、良い商品を生み出すのは共感し合えるチームなんだな、ということです。そして、そうした良いチームというのは、作る商品に対して、強い想いを持っている。それは「思い込み」みたいなものも含むんですけど。「自分がこんなにも好きな商品なんだから、売れなきゃダメだろ」みたいな過剰な熱意が、お客さんや会社を、さらには社会をも動かす、ということですね。つまり、作っている人間の「本当にオススメしたい!」という気持ちが商品に乗ってくると、自ずと良いものになる、という。そういう意味では、『ハートランド』は、まさにチームみんなの熱い想いが乗りまくった商品だったと言えると思います。

レイみんな、このプロジェクトに賭けている感じがひしひしと伝わってきましたからね。僕もそうだったし。そして同時に、みんな楽しみながら創っていた。打ち合わせをしてる時なんかも、なんかみんなキラキラした感じで話していたじゃないですか。当時のことを思い出すと、このデザインに携わっていたあの頃は、僕のこれまでの仕事人生の中で最高に幸せな時間だったなと思います。そして、そうやって創った商品が、時代を越えて多くの人に愛されているという事実に、胸が熱くなりますね。

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