本質的な価値を追求したビール『ハートランド』誕生前夜
レイ久しぶりだねぇ!
しりあがりレイさん、大変ご無沙汰しています。お目にかかるのは30年以上振りですけど、お世辞抜きに、変わらないですね。お元気そうで嬉しいです。
本日は、1986年の販売開始以来、根強い人気を誇るキリンのビール『ハートランド』誕生当時のことを振り返っていただきつつ、長年人を惹きつける商品やデザインとはどんなものなのか、お2人の考えを伺っていければと思います。
しりあがり僕はマンガ家になる以前、キリンの社員として商品のマーケティングを担当していました。新ビールブランドの立ち上げの際に、当時は清涼飲料企画担当だった前田仁さん、課長代理だった上村修二さんを中心とするチームに声をかけてもらって、のちに『ハートランド』と命名されるビールに関わることになりました。
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レイ僕は、ニューヨークを拠点にしていて、『ハートランド』以前に、キリンでは『マインブロイ』(1976〜91年)と『ライトビール』(1980〜1999年)という2つのビールのデザインを担当していました。そのご縁で声をかけて頂いた形ですね。
しりあがり健康志向の方が求めるローカロリー系のビールの先駆けとなったライトビールは、デザインがすごく洒落ていて、僕ら若手の中では、一種の「伝説」になっていたんですよ。だから、レイさんが『ハートランド』のチームに加わると聞いた時には、それは興奮したものです。
レイ上村さんには、国内ビール4社に次ぐ「5番目のビールメーカー」になるぐらいの気持ちでやりたいんだ、と言われて、すごく気合の入った企画なんだなと背筋が伸びる思いでした。加えて、前田さんから聞いた商品コンセプトが、たった一文字「素(そ)」だったのにも驚かされました。
しりあがり当時は、日本がバブル景気に突入し始めた頃で、物質的価値の追求が最高潮に達していたんですよね。その揺り戻しもあり、本当に心を動かす本質的な価値を追求しよう、という機運が高まりつつあった。これから手掛ける新ビールのブランドにも、モノ本来の価値に重点を置きたい——すなわち、「素」の部分を大切にしたい、という想いが込められていました。
レイ商品の開発コンセプトって、ついいろいろ説明や注文をしたくなって、長々としたものになりがちなんですよね。ここまで潔いものは、それまでも、それからも見たことがありません。正直、最初は「えっ、それだけ?」って戸惑いの方が大きかったですけど、これが後からじわじわと効いてきた。デザインの方向性を考えていく上でも、この拠り所となる「言葉」があったからこそ、先に進むことができたなと思います。